小説
哀詩てる
暗い…より痛い←
(犬桔←か)
私が死んだらあなたは泣いてくれますか
私が死んだらあなたは愛してくれますか
『哀詩てる』
「ちょっと散歩に行ってくるね。」
夜明け前の暗い道へ歩を進めていく。珊瑚ちゃん達が心配そうに見送ってくれているのが背中越しでも分かる。
犬夜叉は、いない。
あの人と一緒にいるあんたから離れたくて。性格悪いな、とは思うけど、やっぱり嫌なのよ。
歩いていくと、森の奥から白い光がこっちに向かってきた。茂みから出てきたかと思うと、奥へまた戻っていく。
行きたくない、見たくない。なのに足は勝手に動いていた。優秀な私の足は音を立てないように茂みへと歩いていく。
「…っ!」
目を背けたくなるような熱い抱擁。その内に口付けも交わすんじゃないか、ってくらい甘い空気。
いつもは見ることができないあなたの色っぽい瞳や、低くあの人の名を呼ぶ声。
こんなに近くにいるのに、あなたが「好きだ」と言ってくれた私の匂いにすら気付かないで、死人の巫女の香に酔っているのね。
その場を後にしながら思う。
私も死の香を漂わせたら、あなたは振り向いてくれるのかしら。
―純粋な愛が歪んでも、その中心に居る者はそれに気付けない。
《…女、貴様巫女だな?》
そりゃ夜の森に女一人で、しかも武器もなしにうろつけば妖怪だって狙ってくるだろう。だけど、迂闊だったとは思わなかった。
《巫女の血肉は我等の妖力を高めるらしいのう…喰わせろ、女。》
「いいわよ。」
《…ほぉ。》
もう、なんかどうでもいい感じ。それに、殺されれば私はあの人に近付けることができる。
そしたら、あなたは…振り返ってくれるかしら。
《くくく…なかなか肝の据わった女だ。喰うには惜しい。》
「…褒めてくれてありがと。」
《人間じゃなければ契りを交わすのだがな…》
「それは遠慮しとく。」
突然右腕を引き上げられた。
《殺しはせぬ。》
ほっとため息をつく私は矛盾している。自分のことなのに、何がしたいか分からないよ。
ザシュッ
「痛っ!?」
鋭い痛みが走る。はっと右腕を見上げると、一拍遅れて溢れ出してくる血。傷は深くなさそうだが、浅そうでもない。
体が熱い。まるで耳元に心臓があるようだ。鼓動が大きく聞こえる。
ぼだぼだと地面を濡らす血は腕を伝って白い制服をじわりと紅く染めていく。
《…痛いか、女。》
「っく……」
次に腕を襲った痛みは、妖怪が傷を舐めたものだった。
《ふっ、やはり巫女の血は格別だな。甘い。》
そんな言葉が聞こえたような気がしたけど、意識が薄らいでいてはっきり聞こえない。これがいわゆる出血多量か、なんてぼんやり考えていた時だった。
「散魂鉄爪っっ!!」
《ぐあっ……っ……》
血みたいに真っ赤な衣。一発で妖怪を砕いた彼の手は血にまみれていた。
「かごめ…っ、血が…!」
――あぁ、そうか。あんたは鼻がいいんだっけ。
犬夜叉は自分の衣の袖をくわえてビリッと裂いて私の腕に巻いた。まだ私の止まりそうにない血をとりあえず止めようとしているようだった。
「お前…っ…、なんでこんな所に…!!」
ねぇ、なんでそんなに泣きそうな顔してるの?あんたが私にそんな顔するなんて…
「おかしいじゃない…。」
「…かごめ?」
一言こぼすと、感情を抑えていたリミッターがはずれた。
「犬夜叉こそなんで、ここにいるの?桔梗はどうしたの?ねぇ、なんで私を助けたの?」
ひとつ息をつく。呼吸を整えてから、もう一度口を開いた。
「あんたが桔梗を好きなことくらい知ってるわ。なら、なんで私を傍に居させてくれるの?…辛いのよ!あんた達が想い合うところを見るのが……っ!!」
「っかご……」
続きなんて、言わせない。
「醜いと思う?でもね、そんなものなのよ、私なんて。」
ふっと軽く笑う。
「ねぇ、聞かせて。なんで私を助けたのよ。あのまま死なせてくれれば幸せだったのに。」
「!」
今まで微動だにしなかった犬夜叉の肩がぴくりと動いた。でも、そんなことに気付かないくらい私には余裕が無かった。
「私が居なくなれば、あんただってこんな嫌な想いもしないし…桔梗と、それこそ永遠に一緒に居られるじゃない!」
素敵な話でしょ、と笑う。犬夜叉がどんな顔してるかなんて気にしない。
「でも、なんか悔しいなあ…。ねぇ、私が死んだら泣いてくれる?」
もう、自分の頭で考えて言っていない。感情のままに言葉を放つ。
「私が死んだら…愛してくれる?」
桔梗よりも…、という言葉はかろうじて飲み込んだ。理性が飛びかけてた私にしては上出来じゃないかしら。
ぱんっ
「っ…!!」
左頬がじんわりと熱くなる。顔が右に向いてることから左頬をはたかれた、ということが分かった。
それでも、彼が力をかなり最小限にしてくれたことくらい分かる理性が残っていたらしい。視界が滲む。
「……それ以上言うんじゃねえ。」
今まで聞いたことないくらいに低く、鳥肌が立つくらい恐ろしい声だった。
「……バカ野郎。」
ギリ、と音が聞こえて顔をあげる。目の前には唇を噛み締めすぎて、口から血が滲む犬夜叉の姿があった。
「…死にてえ、だと…?」
彼自身、色々何かを抑えているのだろう。肩を掴まれ、無理矢理合わされた瞳を見てそれが分かった。
「…っざけんじゃねえっ!!」
ここまで彼を真剣に怒らせたことがあっただろうか。
「たしかに…っ、俺はどうしようもねえ野郎だけど…っ!お前の優しさに甘えすぎてるバカ野郎だけどっ!!」
でも、と顔を覗き込まれ再び目が合う。…視界が揺れてあんたの表情はわからないけど。
「…お前のいねえ未来に、幸せなんて感じねえ。」
「……っ…」
「だから……頼む…。」
背中に感じる犬夜叉の腕の温もり。締め付けるように力を込められて、少し苦しい。
「……頼むから…」
犬夜叉はすがりつくように、私の髪に潜って消えそうな声で呟く。
「……死にたい、なんて言うな……。」
「……っ……!」
いつもより優しくて、暖かくて、少し掠れて湿っている声に、涙が止まらなかった。
……ごめんね、こんなにも子供で。
分かってた。桔梗と私が違うことくらい。犬夜叉は死んでしまった桔梗が好きなわけじゃないことくらい。
犬夜叉と私が出逢う前に、私に色んなことがあったように。私と犬夜叉が出逢う前に、犬夜叉にも色んなことがあったのよね。
それすら束縛するなんて私にそんな権利なんてない。
怒らせてごめんなさい。
心配させてごめんなさい。
傷付けてごめんなさい。
もう…、大丈夫だから…。
――
「…まだ血、止まんねえのか。」
珊瑚ちゃん達が待つ小屋に戻る途中。ふと足を止めて心配そうに尋ねられる。
「…そう、みたい。」
正気に戻ってくると、通常の感覚も戻ってきた。つまり、ものすごく痛いのだ。
「…かごめ、腕貸せ。」
「?」
素直に腕を見せると、顔をしかめられる。
「かごめの血の匂い…嫌なんだよ。」
「どういう意味よ!」
ちょっと失礼じゃない!?抗議しようと口を開こうとする、次の行動によって遮られた。
「しみるけど我慢しろよ。」
言い終わるやいなや、まだ血が止まりきっていない傷口に唇を付けられた。
「いぬや…っ!痛っ!!」
丁寧に、しかし強く舐められるせいで、さっきの数倍腕が痛む。
「いっ…痛い痛い!!ちょ…っ、止めて―っ!」
最後に軽く吸われてから唇を離される。
「…っばか!さっきより痛いじゃない!!」
文句を言う。当たり前だ。すると犬夜叉はいたずらっぽく笑みを浮かべる。
「消毒だ、ばーか。」
なんですって!と怒るかごめを横目で見ながら、犬夜叉は小さくため息をついた。
――雑魚妖怪なんかにかごめを舐められて腹が立った、なんて言えねえし…。
しかし、
――甘い、な…
その血の味に妖怪の本能が少しザワついたのは気のせいだ、ということにする。
空が白じんでいく。
眠っていた森が目覚め始めていた。
了
妖怪の最期の声の間抜けな感じ笑
私が書く犬桔←かごは、かごめちゃんがすごく狂ってしまいます…orz
お読みいただきありがとうございますm(__)m
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