小説
星の祭
☆七夕
夫婦犬かご
甘
「さーさのー葉さーらさら♪」
何やらのんびりした曲調の唄を歌うかごめ。そして今朝頼まれて持ってきた竹に色とりどりの和紙を飾っていく彼女。
確かこの時期には乞巧奠(きっこうでん)があったはず。
そしてその行事のもう1つの名は、
『星の祭』
「はい!」
満面の笑みで渡されたのは色のついた和紙。どうやらそれに願い事を書いて竹に吊るせば叶うらしい。
「あたしは《家内安全》かな」
そう言って珊瑚は双子と長男の頭を順に撫でていった。双子は文字やら絵やらを紙に書いて嬉しそうに笑い声をあげている。
「私は《子宝に恵まれますように》ですかね」
「み、弥勒さま……」
「こりゃ弥勒!珊瑚に何人産ませる気じゃ!」
「そりゃー10人でも20人でも」
「バカ言ってんじゃないよ、全く…そんなことより七宝は何て書いたんだい?」
「そんなこと、ですか……」
「オラは《昇任試験にもっと合格!》じゃ」
「けっ、ただの狐の化かし合いじゃねえか」
「なんじゃと!」
「犬夜叉!もう…そういうあんたは何て書いたのよ」
覗かれそうになったのを後ろ手に隠す。やはり願い事を誰かに見られるということはなんとなく恥ずかしい。
「ずるいぞ犬夜叉!オラのを散々バカにするだけしおって!」
「そうですよ、減るものじゃあるまいし」
「あたしも興味あるなあ」
「ね、犬夜叉!」
「だああ!うるせえ!!」
そう言って俺は竹のてっぺんに素早くそれをくくりつけた。
「あー、もう!見えないじゃないの!」
ずるいずるいと文句を言うかごめと七宝を適当にあしらう。きっとこいつらは気付かないだろう。
願い事を見られたくないから一番高いところにつけた、という理由の他にもうひとつ。
なるべく天に近いその場所にくくれば、その願い事が叶うかもしれない、という淡い期待を持っていたということに。
かごめの国で言う《たなばた》、所謂《乞巧奠》は明日らしい。善い天気であることを祈りながら空を見上げた。
満天の星が輝いていた。
――
しかし、梅雨明けと言えども天候はまだまだ崩れやすい。案の定空は今にも泣き出しそうで。
「そんな〜…」
ついでに隣の妻も泣き出しそうで。ぽんぽんと頭に軽く手を置くと、困ったような泣きそうな笑みを返された。そんな顔されたら何とかしてやりたいが、こればっかりはどうにも出来ない。
「夜には晴れるかな?」
「…何とも言えねえな」
「よし!晴れますように!」
パンパンと手を打って俺の袖を引くかごめ。家に入る前に見上げた空はどこまでも灰色だった。
「ねえ、犬夜叉」
「ん?」
「織姫と彦星、って知ってる?」
「いや、知らねえ。誰だそれ?」
「七夕の由来みたいなものかなあ」
「ふうん…物語か?」
「そうそう!」
ニコリと笑って床に腰を下ろすかごめ。だから俺も彼女の横に胡座をかいて座った。かごめの話す物語は嫌いじゃない。目を閉じて耳に心地好い声に集中する。
――
ある河の東側に識女がいた。彼女は天帝の娘だったが働き者で、特に機織りを仕事としていた。その仕事ぶりは、自分の身なりを整える暇もないくらいに健気であった。
そのため彼女は美しい容姿であるのに独り身であった。それを憐れんだ天帝は河の東に住む牽牛郎に嫁ぐことを許したのだった。
彼もまた働き者の好青年であったため二人は上手くいくように思えた。
しかし、上手くいきすぎてしまったのだ。めでたく夫婦となった二人は毎日が楽しくて各々の仕事をしなくなってしまったのだ。
これに怒った天帝は二人を天の川隔てて引き離す。しかし今度は二人とも愛する人と逢えないことに涙し、仕事がままならない。
そこで天帝は一年に一度だけ、カササギに橋を作らせ二人、逢うことを許した。
――
「ほぉー…」
「1年に1度しか逢えないんだもの。だから今日は絶対晴れなきゃいけないの!」
熱く語り出した彼女に苦笑する。たかが伝説、と言うと怒られそうなので黙っておくが。
―1年、…ねえ……
その物語と、数字に何か引っ掛かりを覚えた俺だった。
――
かくして夜。あの後回復の兆しもなく空は雲が覆い被さったままだった。
雨が降らないだけ良いか、と思う。ちなみに七夕に降る雨のことを「催涙雨」というらしい。それは逢えないことを嘆いた二人の哀しみの涙なんだとか。
そんなことを思い出していると、腕に細い腕が絡められた。
「来年まで、…二人は逢えないんだね」
しゅん、と肩を落としながら呟くかごめ。そんな彼女を空いている方の手でそっと撫でる。
「でもよ、」
「?」
「雲の上ってのはいつも晴れてるもんじゃねーのか」
「あ……」
いつぞやかに弥勒が言っていたのを思い出した。「天気が悪い」ということは有り得ないらしい。それはどんな曇り空の上にも青い空が広がっているから、らしい。
ということは夜でもまた然り、だろう。
「そうよ、そうだわ!!」
「ってぇ!」
バシーンと背中を思いきり叩かれた。予想外の攻撃に身体が前につんのめる。
「じゃあ織姫と彦星はちゃんと逢えるじゃない!良かったー!」
少し興奮気味な妻に苦笑がこぼれる。そんな笑顔を見て、心の何処かで引っ掛かっていた何かが解けた。
「1年に1度しか逢えない」。俺らは三年間逢えなかったんだ。三年ぶりの彼女は俺が見ていない間に麗しく成長していて。その経過を隣で見たかった、なんて考えたこともあった。
―いいじゃねえか、1年くれぇ…
それは1年後には逢える、と必ず保証されているのである。保証も約束も無かった俺らの再会。少なくとも俺は、すげえ辛かった。
だから、1年くらい、と思ってしまう。まあ、そんなことかごめには言わないが。
隣をちらっと見ると、無邪気にはしゃぐ妻がいて。ああ、こういうところは変わってないんだな、とつい頬が緩む。
イタズラを、したくなった。
「そうだ」
「え?」
「その織姫と彦星ってのはわざと曇りにしてんじゃねえか?」
「ええっ?何のために?」
「そりゃあ……」
きょとん、と可愛らしくこちらを見上げるかごめの背中に手を回して引き寄せる。
「ちょ……っ」
驚きのせいか、半分開いた口に被せるように己の唇を合わせた。ゆるゆると口を塞ごうとする彼女に思わず笑い声をあげそうになる。
柔らかな彼女の唇に、押し宛てるだけの口付け。なるべく時間をかけて唇を離す。この瞬間が一番惜しくも一番好きだ。
「いっ……いぬや……っ」
わたわたと顔を真っ赤に染め上げ慌てる彼女。そんな姿にも胸が疼く。それを抑えるように今度は優しく抱き締めた。もちろん、口はかごめの耳の近くにして。
「1年に1度の逢瀬なんだろ」
吹き込むように囁く。
「こういうことは、誰にも見られたくないじゃねえか」
「……ばか」
そう言いながらも背に手を回してくれる彼女が愛しい。どんな表情をしているか見たいところだが、俺の胸に収まっているためそれは叶わない。俺はいい匂いを目一杯吸い込んでから目を閉じた。
―出来ることならこのままずっと、こんな日々が続きますように……
雲が晴れ、その間から見えるささやかな星明かりが笹の葉のてっぺんに吊るした短冊を照らしていた。
了
こちらの方では七夕は生憎の天気のようです……
というかこの地域では七夕祭りは1ヶ月後に行われていますが(・ω・笑
…何処に住んでいるのかがバレそうですね(^-^;
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他にも「?」があると思いますが、生暖かい目を瞑っていただけると光栄ですm(__)m
お読みいただきありがとうございました!
素敵な七夕をお過ごしください!
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