小説
今宵の月は#
パラレル
犬かご
甘
「愛している」
「ぶっ……!」
つい吹き出しちまった口を隠す。すんげえ視線が右頬付近に突き刺さった。
「お前のために考えているというのに失礼な奴だな」
「いや、…わりい」
「そもそもかごめさまに対するお前の気持ちは、好きだ、のたった三文字ではないか」
「……」
いや、愛してるの五文字かなど言いながら、素敵な笑みを向けられた。正直、怖い。
「不器用かつ口下手なのはいいが、それも度が過ぎると呆れるな」
視線に加え、弥勒の言葉が心に突き刺さる。さっきのお返し、とばかりに遠慮がない。
「言葉で伝えること」は大切だ。それは相手の行動だけでは不安になることもあるからだ、と弥勒が言っていた。
だがそれは俺にとって困難な課題である。理由は奴の言っている通り。
こっそり溜め息を吐くと、隣で弥勒がぽんと手を打った。
「確かかごめさまは本が好きだったな」
「あぁ?」
ふむ、と一人で何かを納得してこちらを振り向いた弥勒は、とても爽やかな笑みを浮かべていた。
「犬夜叉、耳を貸せ」
嫌な予感がした。
『今宵の月は』
「朔真くん!今日一緒に帰ろう!」
「お、おう」
六限目を終え、晴れて放課後となったある日のこと。珍しいこともあるもんだ、と首をかしげる。
普段は俺から「帰るか」とかごめを誘うが、彼女からのお誘いなんて片手で数えれる程しかない。今日はもしかしたら良いことがあったのかもしれない。
「じゃあ部活終わったらメールするから、じゃあね」
ウキウキとした足取りで更衣室に向かうかごめ。それを眺めているだけで、なんかこっちまで…
「にやけているぞ、犬夜叉」
「!!」
ばっ、と慌てて口許を隠す。そしてじろりと弥勒を睨んだ。てめえのそのにやけ顔もどうにかしやがれってんだ。
「……悪いかよ」
「いえ、そんなことは言ってませんよ」
それより、と人差し指を目の前に立てられる。
「分かってますよね」
今日は天候も時期的にも良いですし、と意味ありげにニヤリと笑う。
弥勒に曖昧な返事を返して、早くHRが終わらないものかと空を見上げる。
初夏目前の空はまだまだ暮れそうにないが、部活が終わる頃には暗くなっているだろう。
今夜は雲ひとつない…いやあってもいいのだが、とにかく空が晴れているといい。
――
「お待たせ!ごめんね、遅くなっちゃって」
「いや、別に気にすんな。ほら、荷物よこせよ」
「うん、ありがとう!」
にこりと微笑む彼女。くしゃりと頭を撫でて微笑を返す。
自転車を彼女の歩幅に合わせてゆっくりとひく。時刻は19:15。まだ西の空は夕焼けの名残が見えるが、俺たちの帰る方向には夜が降りてきている。
無論、月も出ているわけで。
弥勒の目論みに乗るのは癪だが、他に良い案が浮かぶわけでもなく。
ウキウキと隣を歩く頭1つ分以上小さな彼女に視線を移す。
それにしても上機嫌だ。今にもスキップをしかねない程の浮かれぶりだ。
「何かあったのか?」
「うーうん?何でもないよー」
にこにこと見上げられて、追求する機を失う。つか、可愛いなおい。ちくしょう…自転車をひいていなければ今すぐにでも抱き締めるのに…
いや、そうじゃなくて、と夜空を見上げる。そこには弥勒の言った通り綺麗な満月がこちらを見下ろしていた。
ふうっと息を吐き出す。後は言うタイミングをはかるだけだ。
「朔真くん、聞いて聞いて!」
「ん?」
くいと袖を引かれてかごめに目を向ける。立ち止まった彼女に合わせて歩くのを止める。
「弥勒さまにね、」
何故だろう。あいつの名前が出ると、何もかもが胡散臭く、そして気分を害される。
「本を借りたの」
「どんな」
つい口調が尖る。いつもなら眉を寄せられるかもしれない態度なのだが、今日はそんなことも気にならないらしい。
「夏目漱石の伝記!」
「…」
ひくりと頬が引き吊ったのが分かる。暗がりで良かった。多分こいつにはバレてない。
「逸話、っていうのかなあ…なんか初めて聞いたお話ばかりで面白いの!」
「…そうか」
「…朔真くん?」
訝しげに覗き込まれる。その瞳には不安の色が混ざっている。仕方がない、と薄情することにした。
「いや…俺もそれ読んだんだ」
弥勒に勧められた、というのは敢えて黙っておこう。
「本当に!わあ、なんか嬉しいね!」
はしゃぐかごめの頭を撫でる。その柔らかさに気持ちが和らいだ。弥勒への文句はとりあえず後で考えよう。
「1つだけ、印象に残った言葉があってな」
「なになに?」
興味深げに問われて、急に気恥ずかしくなる。同じ本を読んで(読まされて)いるのだ。もちろん内容は同じな訳で。
本からよい台詞を引用だなんて、格好つけだと思われそうだ。
しかしここまで来たら引き下がれるわけもなく。
…まあ、いい。こいつの前だけだ。こんな姿を晒すのは。
「日暮、」
「ん?」
「…今夜は、月が綺麗だな」
――
「月が綺麗だ、だとー?」
「はい、そうですが?」
「…意味わかんねえ」
「意味分かんないのはお前の方ですよ」
まったく情緒がない、と溜め息を吐かれる。馬鹿にした感じがカチンとくる。しかし俺もコイツと吊るんでから我慢する、ということを覚えた。
そこで渡されたのが夏目漱石の逸話も入っている本だった。
ある授業で「I love you」を「君を愛する」と訳した生徒に夏目漱石は、
―「月が綺麗ですね」といいなさい、それで想いは伝わりますから
と言ったそうだ。その時代、「愛している」という言葉は直接的過ぎて日本人には合わない、ということらしい。夏目漱石の性格的にも、というのもあるらしいが。
「お前にぴったりじゃあないか」
言ってやれ、犬夜叉。必ず成功するだろうから。とまで言われては断れない。
しぶしぶ、という体をちらつかせ承諾したが、
――
言うんじゃなかった。さっきまであれほどお喋りだった彼女は隣でだんまりである。
身体の中心から熱が全身に走り抜けていく。何が成功する、だ。弥勒の野郎、ただじゃおかねえ。
かごめの顔を見るのさえ躊躇われて、止まっていた足と時間を動かす。
「…か、帰るぞ」
歩き出すと後ろから半歩くらい遅れて足音が聞こえる。無言という空間が耳と心に痛い。
なんだか情けない気分になりながらも、それを悟られないように平常を装う。
ちろりと見上げた満月は先ほどよりも一層輝いていた。居たたまれない感をひしひし感じていると後ろから聞こえていた足音が並んだ気がした。
「!」
自転車を押す自分の手に、彼女の手が重なったのだ。無意識に足は止まっていた。かごめを見るとその頬がほんのりと赤くなっている。今は月明かりに感謝だ。
「…今夜は月が綺麗だね」
「……ああ…綺麗だ、な」
歩幅を合わせて、二人ゆっくりと歩き出す。手と手を重ねて、月明かりに照らされて、たまに視線が合うとどちらからともなく微笑む。
こんな雰囲気なら「好きだ」とか「愛してる」とかストレートに言えそうだな、なんて考えながら犬夜叉は苦笑を落とすのだった。
淡く仄白い月光は暗い夜道に二人の影を色濃く造り出していた。
――
朝のかったるいHRが始まった。別に委員会に入ってるわけでもないからあっさりと聞き流す。
頬杖を付きながらぼんやり見上げた空は雲ひとつない快晴で。
100年前の偉人の感性なんて理解は出来ないが、想いの伝え方は勉強になったと思う。それを今後上手く使いこなせるかは別として。
青い空から一人の少女へと視線を移す。生真面目に背中を伸ばし先公の話を聞く彼女。しばらく眺めているとふと目があった。
かごめは右手を狐の形に変えて悪戯っぽく俺に笑う。だから俺も机の下で狐を作ってそれの口を動かした。
たったこれだけのことで想いが通じ合っている、ということが感じられて、とてつもなく嬉しい。
頬に昇りかけている熱を察して、窓へと顔を向ける。見えはしないが、後ろでかごめが笑ってる気がした。
きっと今宵の月も、とてつもなく綺麗なんだろう。
了
友達から聞いた話が元ネタ(/--)/
結構有名らしいですね…漱石さんのこのお話笑
こういう浪漫な雰囲気はパラレルじゃないと作れなかったという管理人の残念さ\(^O^)/笑
まあ、結局は弥勒さまの策略通りにことが運んだ次第ですね(^-^;
お読み頂きありがとうございました!
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