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小説
視界に入るもの全て


犬かご































楓の小屋から出発しようと外に出た瞬間、



低く、短い舌打ち。

静かに柄へと伸びる手。

そして遥か後方を睨み付ける瞳。

この、彼の一連の動きを見て間もなく訪れるであろう喧騒に一行は苦笑するのだった。


『視界に入るもの全て』


「…この気配、鋼牙くんだわ」


かごめは俺の方を見ず、今からやってくるであろう迷惑に目を向けた。


「あんな奴の気配なんか感じとるんじゃねえよ」


「な、何よ!四魂の欠片の気配がしたから言っただけじゃない!!」


「分かっても言うな!胸くそわりい!!」


横暴?理不尽?んなこた分かってる。じゃあなんでそんな感情が出てくんのか?それが分からねえ。

ぐんぐんと近付いてくる竜巻と不愉快な臭いが更に俺を苛立たせる。むかつく、むかつく。なんだこの気持ち。


「かーごめ―っ!」


満面の笑みでかごめに向かってきた痩せ狼。構えていた刀を思い切り降り下ろした。


「来んじゃ…っねえ!!」


ぶん、と風を切る音が辺りにこだます。


「っと…危ねえじゃねえか、犬っころ」



そう言いながら、しっかりかごめの手を握り締めている鋼牙。毎度お馴染みの風景。だけど、今日はやけに苛つく。


「犬夜叉…いきなり刀振り回さないでよ」


鋼牙の野郎を見ながらかごめが呟いたのを聴き逃さなかった。んだよ、言いたいことあんならこっち見ろよ。


「ったく……いつ見てもきゃんきゃん吠えるのな、てめーは」


「やかましい!!さっさとかごめから離れやがれ!」


「っせえな!かごめが離れたくないってんだからしょうがねえだろ!」


「ちょっと、そんなこと一言も言ってないわよ…」


「そう照れんな、かごめ」


ぷい、と俺から視線をはずしかごめに向き直る鋼牙。そしてあろうことか、


―ちゅっ


「鋼牙っくん…!?」


「お前、ホント可愛いのな。じゃ、そろそろ行くぜ」


言うだけ言って、且つやるだけやって蒼い風が辺りを揺らした。目を開けたときには奴は居なくて。

代わりに呆然とその場に立ちすくむ仲間と、風が吹いていった方を眺めるかごめが居た。

…なんであんな奴の行った方向なんて見んだよ。


「かごめさま、大丈夫ですか?」


「え、あ、うん…ちょっとびっくりしただけ」


「相も変わらず清々しいほど大胆な奴だな」


呆れた感じの面々は少しだけ苦笑しながらかごめに話しかけている。そんな様子を見ていると、ふと弥勒と目が合った。

つつつと寄ってくる弥勒。ああ、面倒くさいこと言われるな、と思っていたらやっぱり言われた。


「犬夜叉、手に口付けられたくらいでそう怒るな」


「っ…怒ってなんかねえよ!!」


「…今日のお前、なんか変だぞ」


「!」


訝しげに覗き込まれる瞳。その黒い目が俺は嫌いだ。


「……んなこと、」


「ならばかごめさまに声をかけてやりなさい」


見てるこちらが気まずくなる、と言われては従うしかない。とりあえずかごめの方へと一歩だけ足を出してみる。


「なんじゃ、犬夜叉。そんな暗い顔なんぞしおって」


かごめの肩に乗っていた七宝がいち早く俺に気付いた。ぴくりと反応した彼女。しかし微かに動いた彼女の顔が、


「……犬夜叉…」


改心した気持ちを逆撫でした。なんで、顔が赤い。なんで、…こっちを見ねえ。


「けっ、てめえが痩せ狼ごときに口付けされるようなノロマだとは知らなかったぜ」


「!…それ、どういう意味よ」


「そのまんまの意味だろ」


「何、よ…それ……」


「そりゃこっちの台詞だっての!!大体おめーは…」


「……っ」


ぎょっと目の前で俯くかごめを見る。ぽたりと地に染みをつくった滴は消えるどころかどんどん増えていった。

こいつに泣かれんのは、嫌いだ。そっと手を伸ばすと思い切り払い除けられた。


「……帰る」


頼りなさげに井戸へと向かうかごめに何も声がかけれなくて。いや、何と声をかけるべきか分からなくて。

払われた手に痛みは無いのに。身体の何処かが発熱したように痛んだ。


――


「……何よ」


現代に戻ってはきたものの家には誰もいなかった。

それを良いことに私は、暗い空気を遠慮なく引きずりながら部屋へと向かった。


「……ばか」


ぼふっ、と自分のベッドに沈み込む。枕に顔を押し付けると、後から後から涙が押し寄せてきた。

これがなんの涙か分からない。しかし、胸の奥と喉が焼けるように熱いのだ。

漏れる嗚咽は枕に吸収出来ないほどになっていて。そして自分の嗚咽と流れる涙が妙に悔しくて。

今日の鋼牙くんは確かにやりすぎだったけれど、彼が何故今日に限ってあんなに苛ついているのかが分からなかった。

久しぶりの自分の布団、そして泣き疲れてたこともあり、かごめはいつの間にか涙に濡れながら寝息を立てていた。


――


カラッ……


「…なんでい、寝てんのか」


内心ほっとしながらも、音を立てぬようにそっとかごめの部屋へと入る。かごめは壁がわを向いているため表情は見えない。

それが何故か気持ちをざわめかせる。今すぐにでも顔が見たい。しかし、彼女を起こすような野暮なことはしたくなくて。


「……っん」


葛藤を持て余していると、かごめがコテンとこちらに寝返りを打った。柔らかそうな黒い髪がその安らかな寝顔を隠す。


「…髪、口に入ってんぞ」


起こさぬよう、そして爪で傷付けぬように注意しながら親指の腹で髪の毛を耳にかけてやる。


「ん……」


「!」


彼女の眠りが浅かったのか、次第に開かれていく瞳に少しだけ焦る。

まだ寝惚けているような目が段々とはっきりしてきて、驚いたような表情に変わる。

身体のどっかで何かがトクンと脈打った。


「犬夜叉…どうしてここに…っ!?」


「…かごめ」


そこで朝の苛つきの正体を知った。


―そうだ、俺は…


かごめが俺を見てくれないことに苛立ってたんだ。

しかも彼女の視線の先にはあの痩せ狼。それが気に食わなかったんだ。

気付けば彼女の両頬を包むように両手で挟んでいた。

驚きのあまり固まっているかごめの目を覗き込む。その茶色がかった大きな瞳に映し出されているのは俺の顔だけで。

妙な充足感に苦笑する。なんて強欲なんだろう、と。

しばらく見つめていたらしい。かごめがフイと顔を逸らして初めて気が付いた。


「…何赤くなってんだよ」


朱に染まった彼女の頬が俺の手の間から見えた。それに加えて、だんだん熱を帯びていくのも感じられる。


「だ、だって…近いんだもん…」


わたわたしながらそんな台詞を言われて、こちらにも顔に熱が昇る。


「…ばかやろー」


きゅっと小さく細い肩を引き寄せた。俺に寄り掛かる軽い重さに溜め息が出る。いくら深く呼吸をしても胸は苦しくなる一方で。

そっと背中に腕を回される。たったそれだけで衣の下にある素肌の体温、及び心臓は跳ね上がった。

胸の中に収まっているかごめに速い鼓動を気付かれたくなくて。最後に、と強く抱き締めてから身体を離した。


「……帰るぞ」


「うん…!」


少し前に屈めば、間を置かず背中に感じる柔らかさと体温。窓からふわりと地へ降りたって井戸へと向かう。

その時、突然首に絡められた腕にピタリと立ち止まる。


「犬夜叉?」


そうだ、思い出した。苛つきの元凶を荒々しく手に取る。

いきなり右手を前に引かれたためか、かごめが小さく声をあげて俺の後頭部にコツンと額を打った。

文句を言われる前に、行動をするとしよう。ぱっ、と彼女を背中から降ろして向かい合う形をとる。


「ちょっと、いぬや…っ!?」


かごめの右手――鋼牙の野郎に口付けされたところに唇を落とす。

だが、押し宛てた熱だけで消毒しようなどとは考えちゃいない。


「いっ…犬夜叉…」


再び頬を染めるかごめが可愛くて。そんな反応がもっと見たくて。

同じ場所に舌を這わす。甘物でもないのに何故か舌先が痺れるように甘い。

貪りそうになるのを理性が止めた。顔をあげるとそこには林檎がひとつあるわけで。


「こんなんで赤くなんじゃねえっての」


真っ赤な林檎に触れるだけの口付けをして、呆然としているところを横抱きにする。

井戸へ飛び込むと、我に帰ったらしいかごめにポカポカと胸を叩かれたが気にしない。


――


時空旅行の中で、ふと目が合った。にこりと笑いかけられたのを、頭を撫でることで応える。


もうその瞳には、強欲な俺だけしか映さないでくれ。


お前の視界に入るものすら支配したがる俺の傍にずっといてくれ。


そんな心の声が聴こえたわけではないだろうが、かごめは俺の胸に頬を寄せた。

もちろん、二人は見つめ合ったままで。

彼女の瞳の中にいる自分が少し笑ったように見えた。












THA☆迷走

久々の戦国犬かごは難しいぜ!←

初期の感じを出そうと思って敢えなく撃沈\(^O^)/笑

なんだか犬くんがエゴイストだなあ…いや、そんな彼も好きだけど←

鋼牙くんは…なんかもうごめんなさい。

お読み頂きありがとうございました!

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