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小説
夢見ヶ丘で逢いましょう


『夢見ヶ丘で逢いましょう』後編



















ふっと息を吐きながらベッドに腰かける。部屋を暗くすると分かる。カーテンの向こう側から淡い月の光が部屋を優しく照らしている。

そっとカーテンを引き、窓を開ける。夜特有の涼しい風が頬を掠めた。

その宵風は彼女の髪を揺らし、カーテンを揺らし、御神木の木の葉を揺らした。


―ああ、確かあそこにもこんな樹があったな


そんなことを思うと鼻の奥がツンとした。

そこに行けなくなってからニ週間は経った。その理由は分からないけれど。


「逢い……たい、よ」


でも、ここはあの場所ではない。どんなに願っても逢うことは出来ない。

見上げた月が揺れているのに気付いて、胸が締め付けられた。

ベッドに潜り込んで目を閉じた。行けなくなってからずっとしていたように手を胸の前で組む。

頬を伝う一筋の涙を、月明かりは優しく照らしていた。静かな、夜だった。


――


「……ぁ」


気付けば、ここにいた。まるで最初に来たときと同じようだ。桃色と黄色の薄ぼんやりした空。足に気持ちいい柔らかな芝生。そして、大樹。

それなのに、彼はいない。

熱く痛む胸は、喉や目にも熱を運んでいったようだ。耐えきれず落ちた滴が樹の根に吸い込まれていくのをみて思う。


―そうだ……私は、


他の誰でもなく、


―あの人に、…逢いに来てたんだ…


家の御神木に似たその樹の表面を撫でる。思った通り、手触りも同じで。

少しだけ口元に笑みが浮かんだ。でもそれはすぐ消えた。何故、彼はいないんだろう。


「……」


そう、ここは夢見ヶ丘。逢いたいと願えば誰にでも逢える。

でも、それは逢いたい人の名前を知っていることが前提。私は彼の名前を、知らない。


「……っ」


瞼の裏には、こんなにもあの姿が焼き付いているのに。胸の中では、こんなにも彼を想っているのに。

きっと気付いていた。何時からか、友達に逢いたいのではなく彼に逢いに行っていたのだと。

いつの間にか、こんなにも好きになっていたのだと。

逢いたいと、願っても逢えないのならどうすればいいのだろうか。

忘れればいいの?

でも、それは叶わないほどに好きになってしまった。

たかが数日間、しかも夢の中での短い時間しか二人で過ごしていない。

それでも、それでも…


「…っ逢いた…い…!」

























ふわりと後ろから包まれる感触。次いで胸が締め付けられるような重みと温もり。

振り返らなくても分かる。細い風にそよぐ漆黒の髪が見えた。


「…………っ」


溢れそうな嗚咽を慌てて噛み締める。良かった、この体勢なら顔は見られない。


「……っばかやろー…なんで来ちまうんだよ、てめえは…」


ギリリと噛み締める音が背中で聴こえた。その声を、ずっと求めていたのに。その温もりに、ずっと焦がれてきたのに。


「……っ嘘でも逢いたかった、って言ってよ…ばか!」


私はこんなにも想っているのに。あなたは欠片も想っていなかったの?


―あ、駄目だ、涙が止まらない…


振り絞るように言った自分の声が震えていて情けない。すでに嗚咽は抑えようがないほど悪化している。


「…んなこと、嘘で言えるわきゃねえだろ…っ!!」


びりりと空気が震えた。穏やかな静寂は彼の怒鳴り声によって破られた。


「……っ逢いたかった」


「…っ」


「逢いたかった、…」


一言呟いた後、抱き締める力が強くなった。微かに首にかかる吐息の温度に安堵する。

しばらくすると、小さな声が肩越しに聴こえた。


「…名前、教えろ」


「……っ今更?」


「…教えろ」


「……かごめ、よ」


「…そうか」


ゆっくりと彼の方へ身体の向きを変える。目の前に居たのは相変わらず真っ黒な彼だった。


「…あなたは?」


「……犬夜叉」


「いぬ、やしゃ……」


「ああ」


「…っ犬夜叉」


「…んだよ」


その胸に顔を埋める。優しい匂いがした。ひどく落ち着く。

服が濡れてしまったらその時に謝ろう。


「…なんで、ここに来させてくれなかったの?」


「……っそれは……」


「私に…逢いたくなかったから?」


「それは違えっ!」


「!」


「…それは……むしろ逆だ…」


「え?」


背に回っている腕が強張る気配がした。顔を見ようとすると無言で顎を乗せられ無理矢理下を向かせられてしまう。


「逢いてえから、閉ざしたんだ」


―好きになる前に、なってしまう前に離れようと思った。


俺はここでしか存在できない。ただ、夢見ヶ丘に来た人を案内するだけしかできないのだ。

いや、もうひとつ能力がある。それは、人を夢に閉じ込めれる力を持っていること。

しかしそれは禁忌だ。分かっている。

だけど、一人の少女との出逢いによって己の心が揺らぐのだ。

いつか衝動で閉じ込めてしまいそうで。それは何より怖い。ならばいっそもう逢わなければいいのだ。
逢わなければ、こんな葛藤も苦しみからも解放される。

だから、道を閉ざした。


「まあ、…もう手遅れなんだけどな」


苦笑のような、複雑な台詞を耳が聞き取る。想いは同じだったのだろうか、なんて自惚れてもいいの?


「もう…離したくねえよ」


ポツリと降ってきた言葉は頼りなくて、寂しそうで、儚くて。

だけど、それは叶わない。異世界の者は異世界でしか、現実世界の者は現実世界でしか生きられない。


「…朝、来ちまうな」


「…そう、なの」


「……帰りてえよな、やっぱ」


それは今までより、ずっと優しい声で。気付けば濃い霧が徐々に辺りを飲み込んでいっていた。


「まだ……っ!」


まだ伝えたいことがたくさんあるのに。もっと一緒にいたいのに。


「待って……っ!!」


彼の方へと伸ばした手。手を包む靄のような霧の感触が、変わった。

気付けば引き寄せられ、痛いほどに抱き締めらていた。


「いぬ…っ犬、夜叉…!」


「っ…」


「犬夜叉…!」


「……帰れよ」


「っや…やだ…!!」


「ワガママ言うな!お前が生きる世界はここじゃねえ!!」


「もう、ちょっとだけでも…!」


「……かごめ」


そっと名前を呼ばれる。私が顔をあげるのと、彼が私の耳元に口を近付けるのが重なった。


「……別れんの、辛くなるだろうが」


「!」


「…っ帰れ!」


ドン、と霧の中に突き放された。咄嗟に伸ばす手は、もう空しか掴めない。

遠のく意識の中で彼の口がゆっくりと、動いたのが見えた。


「次来やがったら、マジで閉じ込めっからな」


彼の顔が何かに耐えるように歪んで見えたのは、きっと気のせいだったのだろう。

そんな記憶も、今となっては曖昧なものになっていた。


――


もう、その後から彼女の現実世界と異世界である夢の世界との道が繋がることはなかった。




もう一度、声が聴きたい。

もう一度、姿が見たい。

もう一度、あの人に逢いたい。

ここは、国境も距離も時間も死人も関係ない。

逢いたいと願えば、いつでも、誰にでも逢える。

―夢見ヶ丘、そこは願えば誰にでも逢える場所。


今夜は何人の人がそこへと向かうのだろうか。機会があれば、あなたも行ってみるといい。



きっと夢見ヶ丘の心優しい親切な二人に、素敵な夢へと案内されることだろう。



















パラレル長編(?)第二段!

何故かパラレルは長くなる…何故だろう。

書き終えて思った。これ、甘くなくない…?

にしても心情描写は難しいですね…精進しようと思っておる次第です(="=:

パラレルは面白いですけど…話がたまにぶっ飛んでしまうのがアレですね〜笑

ま、それは置いときましょう!



最後がわかりづらいな、と思われた方がいたらすみませんm(__)m

イメージは18辺りですかね…大好きです。あの人さえ出てこなければ…←^^;


晴れてテストが終わったので、これからはバチバチ書こうと思っています!

長文もあとがきもお読み頂きありがとうございました!

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