小説
夢見ヶ丘で逢いましょう♭
パラレル
案内人犬×訪問者かご
(管理人の中では甘
もう一度
あの人の声が聴きたい
もう一度
あの人の姿が見たい
もう一度
あの人に逢いたい
そんな方は一度ここへ来るといい
ここは、国境も距離も
時間も死人も関係ない
逢いたいと願えば
いつでも、誰にでも逢える
だから、今宵は
『夢見ヶ丘で逢いましょう』
―ここは…どこだろう
気付けばここにいた。空は桃色と黄色を水で滲ませたような薄い色。足元には淡い緑の芝生。
どこか心地好い空間だが、こんな場所は知らない。
目の前に佇む大樹に触れる。周りがボヤけた色のせいか、それの存在だけが妙にリアルだ
「…夢?」
「ご名答」
「!?」
突然上から落ちてきた声に少なくとも5cmは飛び上がった。見上げようとすると、目の前に声の主が降り立った。
「夢見ヶ丘へようこそ、お嬢さん」
「だ…だれ……?」
「俺はここの案内人をやってる者だ。…で、」
「は、はい…?」
「まあ、とりあえずここに座れ」
指差されたのは大きな樹の根本。素直に腰を降ろし、案内人を見上げる。
歳は少年と青年の狭間くらいだろうか。長い黒髪と、灰色の瞳が印象的だ。
「ところで…夢見ヶ丘ってなに?」
「ああ、やっぱ知らねえよな」
そう言いながら彼は私の隣に腰を下ろした。真っ黒なタキシードのようなものを着ているせいか、そこに影が横たわっているようだ。
「お前の言った通りここは夢の中だ。まあ、夢の入口っつー感じだな」
「はあ……」
「要するに、ここに来ると逢いてえ人に逢えんだよ」
「へえ…」
「で、俺はそれの案内人ってとこだな」
「…そうですか」
「…おい、もう少しマシな反応できねえのかよ」
だってあまりに唐突すぎて反応に困るのだもの。呆れた感じの彼に言ってやりたかったが、彼の次の台詞に違う言葉を言わざるを得なくなった。
「お前が逢いたいのは……っと、この人か」
「え、ちょっと何であんたに逢いたい人を決められなくちゃいけないのよ!」
初対面のこんな人に何故自分のことが分かるのだろうか。しかも、今は別段逢いたい人などいない。
「言ったろ、俺は案内人なんだっての」
彼がパチンと指を鳴らす。
瞬間、辺りは濃い霧に包まれてしまった。あの薄い空も、緑の芝生も、大きな樹も、そして彼の姿も徐々に視界から消えていく。
「えっ!ねえ、何これ!」
霞ゆく黒い彼にかろうじてそう叫ぶ。答えはうやうやしいお辞儀で返された。
「行ってらっしゃいませ、お嬢さん。またいつかお逢いしましょう」
顔をあげた彼が微笑んでいるように見えた。慌てて消えた彼に近付こうと足を動かしたとき、
さあっ――
「!」
後ろに何かの気配を感じた。振り向くと、そこにあったのは先ほどの芝生ではなく近所の公園。
「あ……、ここ…」
ここで小さい頃に、よく自転車の練習をしたものだった。今ではほとんど立ち入らない。懐かしくて、一歩足を出したら、転んだ。
「いったー…」
そして気付く。転んだ私の隣には昔使っていた自転車。どうやら自転車と一緒に転んだようで。起き上がろうとすると、手を差し伸ばされた。
「かごめ、すごいぞ、一人で乗れてたじゃないか」
「……っあ」
向けられた笑顔は、あの頃と変わらなくて。
差し出された手に触れると懐かしい温もりを感じた。
もう、二度と逢うことも、温もりを感じることも出来ないと思っていたのに。
頭を大きな手で撫でられたとき、堪えていた想いが目から溢れて、落ちた。
「……パパ」
自分のその呟きで目が覚めた。そこはあの不思議な空間ではなく紛れもない自分のベッドで。
ああ、やっぱりあれは夢だったのだとしみじみ思う。
濡れた枕を見つめ、濡れた頬をなぞり、あの懐かしい温もりを思い出す。
生前と何ら変わっていないあの優しさにもう一滴涙が布団に染みた。
「……ありがとう」
瞼の裏で、あの漆黒の髪がなびく。きっとこの言葉は彼の場所までは届かないだろうけれど。
ベッドの傍らに置いてある目覚ましの設定を止めた。
カーテンから透ける日の光が、街が目覚め始めたことを告げていた。
――
「んだよ、また来たのか」
顔を見るなり溜め息を吐かれる。でもその顔に柔らかさを感じるようになったのは何時からだろう。
「だって逢いたい人がいるんだもの」
初めは案内人が逢える人を決めていたが、彼の「面倒だ」の一言で自由に逢える人を決めれるようになった。
パパに始まり、旧友やなかなか逢えない友達や身内など、今まで数十人には逢っている。
「よくそんなに逢いてえ人が居るな」
「んー、でも話すこととかはあまりないのよ?逢いたいだけ」
例え何の理由がなくても逢いたい人だっている。彼にそれを言うと曖昧な笑みを返された。
「じゃあな、行ってこい」
最初はまだ礼儀の欠片が残っていたが、それはいつの間にか消え失せていた。
「うん!」
元気よく答えて、いつものように濃い霧へと消えていくかごめ。
そのため、ボヤけていく彼女の後ろ姿を眺める彼の瞳を、彼女は知らない。
――
―今日は誰に逢えるかしら
毎晩寝るのが楽しみになってきた。逢いたい人には逢えるし、楽しいし、何よりワクワクする。
ただ、その日はいつもと違った。
相変わらずな空や芝生、大樹に笑みがこぼれる。心地好い風が頬を撫で、通り過ぎていく。
なのに、いつまで経っても案内人が来ない。
樹の根本で待ち続けるも、その日は結局誰に逢うこともなく目が覚めたのだった。
それから数日、かごめの夢にあの不思議な空間が出ることはなかった。
たかが夢の話。現実には関係のない話。しかしそれがかごめの気持ちを暗くしていたのは事実だった。
前編了
→後編へ続く
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