小説
影踏み鬼
ほのぼの甘?←
夫婦犬かご
風下に居るからだろうか。彼は私の存在にまだ気付いていない。
声をかけようとして、止めた。
木の上から彼が眺めているのは、集まって戯れる村の子供達の姿。
―そうだ、犬夜叉は…
遊ぶべき時期に大勢で遊んだことがないのだ。
『影踏み鬼』
「犬夜叉!遊ぼう!!」
「はあ?」
洗濯物が干し終わり、手伝ってくれた彼にそう提案をした。
案の定、というか想像以上に怪訝な顔をされた。そりゃいつも忙しい妻に突然「遊ぼう」などと言われて怪しく思わない人なんていないけど。
「今日はね、たまたま仕事がなくて…」
嘘だ。本当は楓ばあちゃんに無理を言って今日1日だけ休ませてもらったのだ。
「それで、小さいときの遊びを思い出したの!懐かしくて…」
嘘だ。実は前日からひっそりと思案していたものだった。
「だから、ね!一緒に遊ぼう!」
にっこりと笑いかけると訝しげだった視線が消えた。
「お前がそう言うんなら良いけどよ…」
その言葉に心の中でガッツポーズを作る。さすがに大勢で、というわけにはいかなかったけれど。
例え二人だけでも犬夜叉が楽しんでくれるならそれでいい。
「で、何すんだ?」
「影踏み鬼!」
「かげ…?」
「簡単よ。どっちかが捕まえる人になって、逃げる人の影を踏んだら勝ちなの」
「ふーん…こんな風にか」
彼はいつの間にか私の背後に回っていた。全く目に映らなかったどころか、気配すら感じなかった。
そして、その足にはしっかりと私の影が踏まれている。
「なんでい、簡単じゃねーか」
にやりと挑発するように口角をあげて笑う彼に、私の闘争心に火がついた。
「それはどうかしら…!」
「ほぉ…なら普通にやるだけじゃつまんねえから、負けた奴は勝った奴の言うこと聞こうぜ」
「いいわよ!望むところだわ!」
「よし。お前が今日までに俺のこと捕まえれたらお前の勝ちだ」
「分かったわ!じゃあ始めっ!!」
この時冷静に考えれば、このゲームが私に不利だということが分かっただろう。
まず、制限時間が長いこと。体力おばけの彼にこんな長期戦勝つのは難しい。
その上、私は追う方だ。果たしてスタミナが持つだろうか。
そんなことにも気付かず、長時間に渡る影踏み鬼は幕を開けたのだった。
――
―おっかしいなあ……
追いかけっこを始めてから一時間くらいは経ったかな?
あらゆる問題点にやっと気付いて、その無謀さに疲労が増した。
「何処に行ったのかしら」
少し休憩、と木陰に腰を下ろす。息の乱れを整えながら、袴の裾を持ちはたはたと足に空気を送り込んだ。
「あつー…い」
「おい、はしたねーぞ」
「きゃあっ!?」
声の主は樹の上からニヤニヤとこちらを見下ろしていた。
「ちょっと!影の中にずっといるのは反則よ!」
「俺も休憩だっての」
汗が頬を伝う私とは違い、涼しそうに目を細めている犬夜叉。
腹が立つ。
「諦めた方がいいんじゃねーか?」
「絶対捕まえるもの!」
「へいへい」
私の負けず嫌いを知っている彼は苦笑しながら、適当に相槌を打った。
「よしっ!再開よ!絶対捕まえてみせるんだから」
その前に、と大きな木陰を作っている大樹を見上げて犬夜叉に指を突き付ける。
「あんたは日向のところしか歩いちゃダメ!!」
我ながら随分と理不尽である。しかしこうでもしなければ永遠に捕まえられない気がする。…とても悔しいけれども。
「随分と制限が多いな」
呆れた、とでも言うように彼は首を軽く横に振る。そしてふわりと私の隣に降り立つと私の頭をくしゃりと撫でた。
「まっ、それでも負ける気はしねーけど」
そう言って彼は私の額を長い中指で軽く押した。
「!」
「鬼さんこちら、ってな」
犬夜叉は軽やかに日向へ出て、挑発するように手招きをする。その余裕な顔に腹立たしい程ドキリとする。
一度屈伸をして、私はまた走り出した。
――
「…もー…っ!!」
もう何度目かの休憩。お昼ご飯は休戦、ということで先ほどの樹の下で一緒に食べた。
それからかなり追いかけている。体力の限界だ。疲れた頭で当初の目的は何だったのか思い出す。
―完っ全に遊ばれてるわよね…
遊びを楽しんでもらおうとしたのは事実。でも、これは遊びという名の軽い苛めではないだろうか。
「何処にいるのよ―っ!」
傾き始めているお日様にそう叫んだ。なんだかひどく情けない気分だ。
再びあの樹の元へ行き、しゃがみこむ。疲労が溜まっていたこともあって、すぐに意識は夢の中へと飛んでいった。
――
「…んだよ、お手上げか?」
大樹の下で気持ち良さそうに眠る妻を見て、苦笑を落とす。今は、日もすっかり傾いている。
木陰だったであろうかごめの寝ている場所は夕陽の橙に染まっていた。
「…風邪ひいちまうぞ」
あまりにも気持ち良さそうなもので、起こすのは忍びない。夕焼けよりも紅い己の衣をかけ、頭をひとつ撫でた。
「っん……」
「!」
「犬…夜叉……」
「起きたか?」
ぼんやりと夕陽を眺めるかごめ。その瞳に橙色が反射して何とも言えないほど綺麗だ。
「…犬夜叉」
「ん」
「夕陽、きれい…だね」
「ああ」
もう一度、柔らかな髪に手を差し入れる。それをそのまま頭の後ろへ進めて、後頭部を自分の胸に軽く引き寄せた。
いい匂いがして、目を閉じる。顔を髪に寄せようとすると、胸に強い衝撃。
「っ!?」
「影踏んだ!はい、あんたの負け―っ!」
彼女に押し倒されるように尻餅をついてしまった。そして小さな足の下には、黒々とした己の影。
油断した。こいつの執着心は分かってたはずなのに。
いや、それよりも…さっきのいい雰囲気だったんじゃねーの?
「……」
「え、そんなに悔しかったの?」
きょとんと首を傾げるかごめが腹立たしい。気付け、今の状況に。
「不意打ちだったけど、負けは負けよ、犬夜叉」
よしよしと頭を撫でられた。依然として押し黙ったままの俺が気になったのだろう。
「犬夜叉?」
瞳を覗き込まれて、抑えていた気持ちを解放してやった。
「おい、」
「!」
柔けー頬を両手で挟む。逃げられないように固定してから顔を近付けた。
「で?お前の願い事はなんだ」
「こっ…この状況で言うの!?」
唇が触れるか触れないかのギリギリのところで近付けるのを止める。
「早く言わねーと喰うぞ」
「ちょっ!…待ってよ」
「おら、言え」
「〜〜…っ」
声にならない声を発しながら、かごめは潤んでいる瞳を閉じた。その顔は夕陽も手伝って真っ赤だ。
そして気付いた時には唇が重なっていた。後でしようとは思っていたものの、かごめからされるとは予想外で。
優しい口付けは一瞬で終わり、可愛い彼女は俺の胸に顔を埋めた。
「ねえ…楽しかった…?」
衣に声が吸収されて聞こえづらいが、小さな声はちゃんと耳に届いた。
「ああ、…」
「ん…良かった……」
「ところで、よ」
「?」
未だ胸の中にいる彼女の髪を優しくとかす。指の隙間に流れる黒い髪の毛が気持ち良い。
「仕事がねえ、なんて嘘だろ」
ぴくりと小さな身体が強ばった。ああ、やっぱり、なんて思いながら今度は背に手を置く。
「あのばばあの仕事なんて腐るほどある」
それに、今日も村のガキ共と薬草摘んでいたところも見たし。
「多忙なお前の時間を、なんで俺なんかにくれたんだろうな」
背を軽く叩きながらあやすように尋ねる。あれだけ大切にしている楓の手伝いを休んでまで遊んだのだ。こちらとしては、その理由が聞きたい。
「……楽しかった…?」
「おう、楽しかったぞ」
「……小さい頃に戻れた気がした?」
「…」
おそらくそれが今回の本題だったらしい。何と言うべきか分からなくて黙ってしまった。
「この前、村の子達が遊んでるの見てたでしょ?」
「?いつの話だ」
「ほら、樹の上でぼーっと…」
「あ……あぁ、あの時か」
「小さい子みたいに、遊びを楽しみたいのかなって思って…」
ようやく理解した。彼女は鬼事で俺に楽しんで欲しかったのだ。ガキの頃はそんなこと全く出来なかった俺に。
昔から変わらないその優しさ。そして、そんな彼女に昔から惚れていた俺。
ガキの頃なんてろくでもない記憶ばかりで。あの頃には戻らないし、戻りたくもないけれど。
こんな童遊びが今、出来るのなら俺はその方がいい。
「…また、やってくれるか?」
「!…うんっ!」
顔をあげて、にっこり微笑む妻に愛しさが込み上げてきた。それを抑えるようにもう一度抱き締める。
「…あのな、」
「なあに?」
「……いや、なんでもね」
何よ!と膨れるかごめを横抱きにして帰路へと向かう。
笑いながら膨れっ面を眺め、かごめの言っていたあの日のことを思い出す。
あの日、樹の上から眺めていた子供らの戯れ。楽しそうだ、とはもちろん思った。そして、もうひとつ思ったことがある。
それは、もし二人に子供が産まれたら、ということ。
どちらに似るのだろうか。
男か、女か。
あの村の子や弥勒と珊瑚のところの子達みたいに、元気に遊び回るのだろうか。
そんな幸せな未来予想図を描いて、柄でもないと苦笑していたのだった。
子供が欲しい、と言ったらこいつはどんな顔をするのだろう。
楽しみではあるが、それはまだ言わないでおく。
―もう少しだけ、独り占めさせてくれよな
そんなに遠くない未来にそう詫びて、腕の中にいる大切な人を少し強く引き寄せた。
伸びた影法師は1つに重なり、夕陽色の路を夜に向かって歩いていくのだった。
了
小さい頃によくやりました
いや、懐かしい笑
最後の方、なんか文が彷徨ってますね……orz
外で遊びたひ!笑
お読み頂きありがとうございました!
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