小説
その名はきっと
犬かご
ギャグ甘…?←
途中まで弥勒視点
「弥勒…ちょっといいか」
珊瑚と相談していた夕餉の話を中断させる。振り向くとなんとも複雑な顔をしている男――いや、少年が佇んでいた。
例えるならば、見知らぬ土地の路上で迷子になり途方に暮れている仔犬のような…
「良いですよ。では珊瑚、薪を拾いがてら行ってきますね」
「ああ、あたしも夕餉の準備をしておくよ」
ヒラリと手を振り、珊瑚は今日の寝床である古びた小屋に消えた。
「さて、行きましょうか犬夜叉」
「お、おう…」
小屋の裏に広がる森に足を踏み入れながら考えた。
―この男をこんなに煮詰まるまで悩ませるものと言えば…
1つしか見当がつかず、彼に気付かれないように笑みをこぼした。
『その名はきっと』
「それで、どうした?」
「あ…ああ……」
どこか「心此処に在らず」な彼。敏感な耳は力なく垂れているし、表情だってぱっとしない。
「あのよ……」
「ん?」
「聞く気あんのかコラ」
小枝を拾い集めていた手を止め、彼を見上げる。どうやら真面目に聞いて欲しいらしい。
「いや、すまなかった」
丁度そこにあった切り株に腰かけて彼を見る。どうせ惚気だろうと、少し口元に微笑みを讃える。すると意を決したように彼が顔をあげた。
「今まで倒した妖怪で強力な毒を持った奴って居たか?」
「…はい?」
―読み誤ったか……?
てっきりかごめさまのことだとばかり思っていたため、意外な質問に間抜けな声が出てしまった。
「な、なんでい!俺は真剣なんだ!!」
「あ、これはすまない。今まで、と言うのはどの辺りからだ?」
「てめえが仲間になったときからだ」
仲間!?この男がこんな台詞をさらりと言えるようになったとは!
これも、かごめさまのお陰ですなあ…ではなくて。
「随分と昔だな。何かあったのか?」
「あった、つーかあるっつーか……」
彼は再び項垂れてしまった。そして、その場に胡座をかいて座り込み、頬杖をついた。
「毒、と言ったな。どこか体調が悪いと見るが」
「…まあな」
「妖怪のことなら珊瑚に聞けば良いだろう?その手の問題なら私より何倍も詳しいぞ」
「察しろよ。てめえが一番相談しやすかったんでい」
これまた驚いた。こ奴は、いつからこんなにも己に正直になったのだろう。
これもかごめさまがコイツの躾をしてくれた…いや、それは置いておこう。
「まあ男同士ですからな」
「そういうこった」
そう言いながらはあ、と溜め息を吐きながら空を見上げる。これはどうやら重症のようだ。
「で、如何様に具合が良くないのだ」
「なんつーか…」
彼は自分の緋色の衣の胸辺りをギュッと掴み、眉をしかめた。
「なんか、こう…ここがすっげえ痛え」
「……」
そういうことか、と合点がいった。おおよそのことは理解したが…少しくらい詮索を入れても構わんだろう。
「常に痛いのか?」
「いや、…か、かごめが居るときだけだ」
「ふむ…その胸の痛みはかごめさまの霊力に反応しているのかもしれないな」
実際はかごめさま、という存在になのだろうが。
「そうなのか!?」
「ええ…困りましたな」
「な、何がだ?」
「このままでは落ち着いて旅が出来ないやもしれん」
私と珊瑚と七宝と雲母がお前とかごめさまの進展にやきもきしてな。
「どうすりゃ治るんだ?」
「治るかは分かりませんが…かごめさまに浄化してもらえば良いのではないか」
悪化するかもしれんがな。
「か…かごめに?」
「ああ。不安か?」
「いや、…だからアイツを見ると痛えから…」
「犬夜叉、痛みに勝つには痛みを加えるしかないんだ!」
肩に手を置き、この上なく真顔で言い切った。我ながら素晴らしい演技だと思う。ちなみに、そんな事実はない。
「お、…おう」
私の迫真の演技に目をぱちくりとする犬夜叉。
―さあ、どう動く、犬夜叉
「…行ってくる」
「何処へだ?」
「かごめの所だよ。お前らに借りは作りたくねえし」
ことが思惑通りに運んだ。やはり読み違いではなかったようだ。
「そうか。夕餉の支度をして待っているからな」
「ああ…なるべく早く戻る。……」
…私の耳もなかなか捨てたものではないな。蚊の鳴くような小さな礼が、彼の口からこぼれたのを聴き逃さなかった。
「弥勒」
「はい?」
「この痛みの名前、知ってるか?」
「それは……」
その名はきっと。
「分からないですね」
「そうか、じゃあまた後でな」
遠ざかる緋色に堪えていた笑みがこぼれ落ちた。
その名は私が言っていいものではないだろう。自分で気付くんだな、犬夜叉。
「さて、薪を拾わなくてはな」
切り株から腰をあげて、袈裟を軽く払う。私らの帰りを待っているだろう珊瑚に無性に逢いたくなった。
「お前の純粋さを見習いたいものだ」
ふっと笑みを浮かべ、もと来た道を戻っていく一人の法師。
その言葉、本意か否か。
訪れ始めた宵は、彼の姿をすぐに闇へと消してしまった。
――
「!」
川の方から匂いがした。それを感じた瞬間ぐっと胸が詰まるような感覚。
―なんだってんだ畜生…!
そのまま森を抜けると、探していた少女がいた。どうやら水を汲んでいるようだ。
「かごめ…」
「わっ!びっくりした」
小さな身体が跳ねて、俺の方を振り返る。驚いた顔は瞬時に笑顔へと変わった。
―……あ…
どくどくと鳴り止まぬ鼓動。どうやらかなり重症らしい。
「犬夜叉?」
「かごめ!俺を浄化してくれ!」
「へ?」
かごめの隣へ行き、かつて無いほどの真剣な眼差しで彼女を見る。
「浄化って…毒でも回ってるの?」
「…らしい」
「邪気は感じないけど…何処なの?」
「……心臓…?」
「どうして疑問形なのよ…一応やってみるけど…」
かごめがそっと俺の左胸に手を置いた。瞬間、身体中を駆け巡る熱。
「う〜…ん」
頭一つ分以上小さな彼女をに目をやると悩ましげに首を傾げていた。
「……っ」
心臓が煩い。
胸が痛い。
身体が熱い。
なのに、なんだこの心地よさは。
こんな痛み、知らない。
「異常はないと思うんだけど……犬夜叉?」
顔をあげようとした彼女に慌てる。今の顔を見られたくない。何故ならきっと赤いだろうから。
「っみ……見んな!」
「え……っあ…」
通り過ぎる風が火照る顔に気持ち良い。だらしない顔を見られたくなくて無意識に抱き締めていたようだ。
自分はこれ程までに優しい動作が出来るのか。
彼女の頭と背に腕を回し、弱い力で引き寄せている自分に驚いた。
ピタリと重なる身体のお陰で彼女の鼓動が聴こえる。俺に負けず劣らず、速い。
その腕を解くタイミングが分からず、しばらくそのままかごめの体温を感じ続ける。
胸の痛みは、いつの間にか治まっていた。
―落ち着く……?
安らぎにも似た感情を覚え、目を閉じたときだった。
がさっ
びくっ
後ろの茂みから音がして、どちらからともなく離れた。何故だか二人とも両手を小さくあげて。
ちちっ
音の正体はリスだった。それはこちらに一瞥し、首を傾げて木の上へと消えた。
訪れる沈黙。気まずげにかごめを見ると、頬がほんのり朱に染まっていた。
「か、…帰ろっか」
「……おう」
かごめが汲んだ水を入れた容器を持ち上げようとしたのを遮る。
彼女では持ちきれないだろう、と全部抱えると小さな声でありがとう、と言われた。
再び灯る痛み。
この痛みといつまで付き合っていかなければならないのだろう。
犬夜叉は軽く溜め息を吐き出し、かごめと小屋へと向かったのだった。
その痛みの名を彼が知るのは、まだまだ先の話のようで。
了
初期の話!
あの奥手すぎる犬くんは書くのが楽しいな〜( ̄∀ ̄*エヘエヘ
最初は初々しかったのに、だんだんと余裕がついていった模様です笑
余談ですが、私が弥勒を書くと台詞が長い上に裏がありすぎる\(^O^)/
でも弥勒視点は楽しいですね♪
お読み頂きありがとうございました!
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