小説
かたち
犬夜叉
ほのぼの?←
夢を、見ていた。
―ああ、覚めるな
そう思った時に、急に押し寄せてきた切なさ。
夢から遠退く意識の中で、俺はおふくろを見た気がした。
『かたち』
「あら、犬夜叉くん起こしちゃった?」
その声にゆっくりと眠気が退いていく。
「……あ、」
「よく眠ってたわね」
にこりと微笑まれ、目が覚める。目の前には窓を開けていたかごめのおふくろが居た。
「かごめは……」
「もうそろそろ帰ってくるんじゃないかしら?」
「…そうか」
かごめが「がっこー」とやらに行ってから、すぐに横になったはず。どうやら、かなり眠り込んでいたようだ。
「お母さんの夢見てたの?」
「え…」
「寝言で「おふくろ」って言っていたわよ」
「!」
そんなことを聞かれていたなんて。なんだか妙に気恥ずかしくなった。
「犬夜叉くんのお母さんはどんな女性(ひと)だったの?」
「どんなって…」
それはあまりにも遠い記憶で。かろうじて覚えていた顔も、いつしか霞がかるようになってしまった。
「あんまり記憶にねえ…」
「そう…」
視線を上げると優しそうな微笑み。穏やかな沈黙に包まれている錯覚が起きて、何故だか心の蓋が音もなくはずれた。
「かごめが好きか?」
上手い言葉が選べなくて、そんな質問を投げ掛ける。少し驚いたように目を丸くした後、彼女は口元に笑みを浮かべた。
「ええ、大好きよ」
「…」
「じゃあ、私から質問。犬夜叉くんはお母さんやお父さんのこと、好き?」
「…!」
考えても見なかった。薄らいでいる記憶ではもう正確には思い出せない。ただ、思い出そうとすると、痛みに似た感情が沸き上がる。
「…分からねえ。ただ、」
「ただ?」
「俺の記憶の中のおふくろは、…泣いてるんだ」
いつだって、いつだって泣き顔しか思い出せない。記憶の中でおふくろは俺の名を呼んで、抱き締める。
「俺は、産まれなきゃ良かったのかもしんねえ」
おふくろを泣かせているのは自分自身な気がしてた。半妖なんて産まなきゃ、あの人はもっと幸せに暮らせたのではないだろうか。もっと笑顔で生きられたのではないだろうか。
「それは違うわ」
「?」
凛とした声。この女性のこんな真剣な顔を見たのは、初めて会ったとき以来かもしれない。
「子供を産むってね、とても大変なのよ」
そう言って、彼女は俺の隣に腰掛けた。かごめの寝床がが少し音を立てて沈む。
「痛いし、辛いし。もう産みたくない、なんて思うくらい大変なの」
「そう、なのか?」
「ええ。でも産声を聞くとね、そんなこと忘れちゃうくらい嬉しいのよ」
「嬉しい…?」
「愛しい人との間に産まれて来てくれた子だもの。涙が止まらなかったわ」
懐かしむように、天井を仰ぐ彼女につられて、俺も低い天井を見上げる。
俺は男だから、そんな感情がいまいちピンと来ない。曖昧に相槌を打つと、隣で微かな笑い声が聞こえた。
「子供は、目に見える愛の形、って言えるかもしれないわね」
だからね、と頭を優しく撫でられる。その手が記憶の母と重なった。
「犬夜叉くんも、ご両親の愛の形だから。産まれて来なきゃ良かった、なんて言わないで」
綺麗な髪も、黄金色の瞳も、その可愛い耳も、格好いい顔も全部両親の「愛」で出来てるのに。その愛を無かったことになんてしないで。
「ちょっと、難しかったかしら」
立ち上がって、ふふっ、と口に手を宛て上品に笑う彼女。その姿とかごめと重なって。なんだか目の奥が熱くなって。
「いや…その、ありがとな」
すんなりと出てきたお礼の言葉に自分自身が驚いた。
これ以上、彼女を見ると何かが溢れてきそうで視線を布団のシワへと逸らす。
「あら、いいのよ」
そうだ、と部屋を出ようとした彼女がもう一度俺を見つめた。
「犬夜叉くんはかごめのこと、好きかしら?」
「っ!?」
ニコニコと笑う無邪気な顔。それなのに大人っぽくて、有無を言わせない迫力。
「犬夜叉くん?」
「…っ好き……だ…」
顔から火が出そうだ。こんなこっ恥ずかしくて、クサい台詞、もう一生使うものか。
「ふふ、ありがとう。私もかごめも、犬夜叉くんのこと大好きよ」
―だって、貴方も私の息子になるかもしれないのだから
そう言って、部屋のドアが閉じられた。遠ざかる足音を聴きながらその言葉の意味を飲み込む。
「っ……」
顔が熱い。というか全身が熱い。
かごめの匂いがする布団に横たわる。落ち着くと同時に胸の奥が締め付けられた。
「愛の形、か…」
もし出来ることなら、いつか愛する人と愛の形を育みたい。
もしそれが、普通の人間ではなく妖の血が混じるとしても。
そして、願わくば…
「っうわ…何考えてんだ」
一人の少女の顔が浮かび、再熱した顔を布団に埋める。
溜め息混じりの熱い吐息が空気に溶け込むのを感じながら、外の世界に耳を傾ける。
「……かごめ」
何故だか無性にかごめに逢いたくなった。
何故だか無性にかごめに甘えたくなった。
「早く、…帰ってこいよ」
目を閉じれば、先ほどの夢が瞼に映った。母の顔には涙の跡などなく、もう一人の義母(はは)になるかもしれない女性の顔と重なった。
それが例え夢の中や、記憶の中だとしても、もう彼女が泣くことはないだろう。
開け放たれた窓から入ってくる風に、愛しい人の匂いを感じた。
了
突発!
目に見える愛の形、って言葉が言いたかった笑
RADWIMPS/ふたりごと
が頭の中でループしてました。
なんか犬夜叉で「巡る命」を意識させられた今日この頃…
犬くんが、子供を持ったときとかにこんなやり取りを思い出せば良い!…とか思いまして^^)/
お読み頂きありがとうございました!
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