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小説
その腕の中で


「おいで」


満面の笑みを浮かべ、両手を広げる愛しい人。

ただ、その笑顔と台詞を向けられているのは…


『その腕の中で』


今夜の宿の目星をつけて、弥勒と犬夜叉は妖怪退治の芝居をしに屋敷の奥へと行ってしまった。


「今日は何しよっか?」


「久しぶりに二人で話したいな!」


盛り上がる女子二人に近づいてくるひとつの影…


「わんっ!」


「わあ!可愛い!!」


それは、柔らかそうな白い毛をしている小さな柴犬だった。

犬の頭を撫でるかごめに続き、珊瑚も撫でながら呟く。


「この名主の家の犬なのかね。」


「はい、そうですよ。」


背後からした声。同時に白犬がその人の方へ尾を振って駆け寄る。


「私はここの息子の喜介と言います。こいつは夜叉丸という名前なんですよ。」

にこやかに笑う好青年は、思い出したかのようにかごめ達に一礼をする。


「妖怪退治をしてくださりありがとうございます!どうぞゆっくり泊まっていってくださいね。」


騙している後ろめたさもあり、二人は顔を見合わせて苦笑するのだった。


「くぅん」


気付けば、夜叉丸はかごめの足元に身を擦り寄せていた。


「かごめちゃん、すごいなつかれてるね。」


「夜叉丸がここまで誰かになつくなんて珍しいですな。」


――かごめちゃんは犬から好かれる性格なのかな

楽しそうに犬とじゃれ合っているかごめを見たあとで、珊瑚は奥の座敷をちらりと眺めた。








――


「…かごめの近くに犬と男がいる。」


たった今、犬夜叉と弥勒はインチキお札を貼るために名主たちを部屋の外に追い出したところだ。


「それはお前と私のことですか?」


「ちげえよ!てか犬扱いすんじゃねえっ!!」


はいはい、と言いながらそこら辺にぺたぺたお札を貼っていく弥勒。

…気に食わねえ。目の前にいるインチキ法師も気に食わないが、かごめの近くに居座る匂いはもっと気に食わない。


「終わりましたよ、犬夜叉。そんなに気になるなら行ったらどうです?」


言われなくても、とすぐにその場に向かうのだった。







――


「おいで!」


庭に出てみると、かごめが白い毛玉と楽しそうに遊んでいた。

…おい、なんだその笑顔は。俺はそんな笑顔見たことねえぞ。


「夜叉丸っていう名主の犬だってさ。」


気付けば、隣に珊瑚が来ていた。どうやらさっきからずっとじゃれ合っているようだ。


「…犬に嫉妬するんじゃないよ、犬夜叉。」


「…するわけねえだろ。」

ならいいけど、と苦笑する珊瑚。その時ようやくかごめがこちらに気が付いたようだ。


「あ、犬夜叉―!」


自分の方に駆け寄ってくるかごめ。ただし、白い毛玉を抱えて。


「みてみて、この子可愛いでしょ!」


ほら、と差し出してくるが可愛くもなんともねえ。しかもさっきまでの愛想の良さはどこにいったのか、こちらを睨み付け低く唸りだした。


「犬夜叉、嫌われてるんじゃないか?」


クスクス笑い出す珊瑚。そこに喜介が話しに入ってきた。


「夜叉丸はかごめさまが好きですからねえ。」


…おもしれえ。たかが犬なんぞにぜってえ負けねえぞ。

低く唸り返すと、かごめが笑いだした。


「やだ、犬夜叉。何してるの!」


怖いねー、と言いながら、かごめは夜叉丸をつれて庭の真ん中に行ってしまった。


「…やられましたね、犬夜叉。」


いつの間に来ていたのか、弥勒が珊瑚と並んでニヤニヤしている。

こういう時コイツラの意気はぴったりだよな…ため息が出る。


俺がこんな気持ちでいるのを、アイツが知るわけ…ねえか。


犬夜叉はまたため息を出した。








――

夕食を終えた後も夜叉丸はかごめにまとわりつく。

さすがに喜介が気を使って夜叉丸を離れの方に連れていこうとするとしきりに鳴き出した。


ばいばい、とかごめが名残惜しそうに手を振る姿を見て胸がざわつく。

俺には向けない顔を他の誰かに向けているかごめ。

むかむかする。気分が悪い。その相手が例え犬だとしても、だ。


「…犬夜叉、そんなにイラつくな。」


「イラついてなんかねえよ。」


「なら、その貧乏揺すりを止めなさい。」


無意識に足を動かしていたようだ。かたかたと忙しなく小刻みに床を叩いている。


「…かごめは?」


「珊瑚と風呂に行きましたよ、ってそんなことも気付かなかったんですか?」


呆れた、と笑われた。


「…考え事してただけでい。」


「夜叉丸とかごめさまのことか?」


「ばっ…!嫉妬なんかしてねえぞ!!」


「…犬夜叉、だれもそんなこと言ってませんよ。落ち着きなさい。」


「…なっ///」


可愛いですね、と弥勒に言われても嬉しくもなんともねえよ。


「お前は夜叉丸にそっくりだな。」


「はあ?」


「かごめさまと離れたとき、夜叉丸がしきりに泣いていたのを覚えているか?」


そういえば、くんくん煩かった声が耳に残っている。

「それがなんだよ。」


そっくりなんですよ、と含み笑いを始める弥勒。


「…なににだよ。」


「国に帰ったかごめさまを待つお前にですよ。」


「っなわけあるかあ!!!///」


弥勒の襟を掴んで怒鳴るとまあまあ、となだめられる。


「かごめさま達が戻ってきますよ?」


言い終わる前に襖が開く。


「犬夜叉…何やってんの?」


「法師さま…何したの?」


怪訝な目で自分達を見つめる想い人にたじろぐ犬夜叉から弥勒がするりと逃げ出す。


「珊瑚〜!あちらで私の愚痴でも聞いてくださいよ!」


「は?…あ、あぁ、いいよ。」


ちゃっちゃと珊瑚を連れて部屋を出る弥勒。

廊下にでたところで、弥勒が珊瑚に耳打ちする。


「お前が察しの良いおなごで良かった。」


「悪事が大好きな誰かのおかげでね。」


くすっと笑いあって、二人はその部屋から離れた。










…聞こえてるっつの

弥勒達の廊下でのやり取りが、耳に届く。

良いのか、悪いのか。


「ねえ〜、犬夜叉聞いてる?」


「ぉ、おう!」


「夜叉丸ちゃん可愛かったなあ〜♪あんなワンちゃん欲しいわ!」


…俺じゃダメだってか。さっきから犬のことばっかで全っ然面白くねえ。


「犬夜叉ー…なによ、もしかしてヤキモチ?」


「んなっ!?//」


「えっ?図星…っ!?」





まさか、とは思ったけどそのまさかだった。

だって犬にまでヤキモチ妬くなんて思わないもの。

目の前にいる彼は、いたたまれないのかこちらに背を向けてしまった。その顔はきっと赤いのだろう。

苦笑と共に愛しさが溢れてくる。仕方ない人ね、と心の中で呟く。


「犬夜叉。」


「……んだよ。」


不貞腐れてはいるが返事が帰ってくることにほっとした。両手をいっぱいに広げて、愛しい人に呼びかける。


「おいで?」


次の瞬間、ものすごい速さで緋色がこちらに向かってきていた。

ぎゅうっと音が鳴るんじゃないか、というくらい抱き締められる。


「…寂しかった?」


冗談混じりで聞いてみると、少し間が空いて答えが返ってきた。


「んなわけねえだろ。…ただ……」


「『ただ』?」


体が少し離されて、視線が交わるようにされる。


「気に食わなかった。」


「何がよ。」


視線をはずされる。その頬が少し赤いのは目の錯覚なのだろうか。


「おめえが笑顔を…俺に向けてくんなかったから…」

「何言ってるのよ。」


つい笑ってしまう。そんなことで妬いてくれるなんて…この人はどうしようもないくらい可愛い人だ。


「好きよ、犬夜叉。」


多分こんな顔は彼の前でしか見せられない。


――幸せと愛に満ちているこんな照れた顔なんて。


そんな顔を見て安心したのか、犬夜叉はもう一度かごめを引き寄せた。


「…知ってるよ。」





自分のためだけに差し伸ばされたその細い腕の中で、ヤキモチ妬きな彼は幸せそうに笑ったのだった。





次の日、夜叉丸はかごめに前ほど近づかなかった。

…否、近づけなかった。

その隣では勝ち誇ったように夜叉丸を見下ろす、かごめの番犬の姿があったからであった。










→あとがき

「おいで」が書きたかった笑

犬君はかごめちゃんに近付く者全てに嫉妬すればいいよ笑

弥勒と珊瑚ちゃんのナイスコンビネーションが好きなのです(^^)


お読みいただきありがとうございましたm(__)m

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