小説
ひねもす#
『ひねもす』後編
それからどれくらい経っただろうか。眠れはしないものの、うつらうつらと微睡み始めていたときだった。
何処かでバイブの音がして静かな空気を揺らす。
不快に思いながらも目を瞑っていると、部屋のドアが大きな音をたてて開いた。
なんだ、と目を開けると同時にみぞおち付近に衝撃が走る。
「っ……ひぐら、し!?」
かごめが抱きついていた。まだ完全に覚めていない微睡みを引きずりながらも、その震える背を軽く叩く。
「…どうした?」
「……っ」
かごめは俺の胸に顔を埋めたままゆっくりと俺の部屋を指差す。彼女をソファーに座らせてから部屋に入ると、酷かった。
〜……南無阿弥蛇仏〜
俺の携帯がバイブと共にお経を流していた。こんな着信音にした覚えはない。明日の弥勒の運命がたった今決まった。
携帯を開くと鋼牙からメールが届いていた。どうせ大した用件ではないだろうから無視を決め込む。
マナーモードにしてからリビングに戻ると、かごめが膝を抱えて丸くなっていた。
「…悪い、気味悪かったよな」
暗闇の中、静かな所にいきなりお経が流れてきたら良い気持ちにはならないだろう。
「怖かった…か?」
「…」
微かに頭が上下する。それを見て少しだけ苦笑した。この後、何を言えば良いのか分からない。しばらく頭を撫でていると、かごめがふと顔をあげた。
「寝れなくなっちゃった」
微かに笑ってはいるが、それはなかなかに深刻だ。時計を見ると日付が変わって一時間くらいだ。
「一緒に寝るか」
つい口が滑った。慌てて口を手で覆うが、時すでに遅し。きょとんとこちらを見上げるかごめに恥ずかしさが増す。
「い、いや、今のは…っ」
「そうだと嬉しい…」
「!?」
「だめ、かな?」
そんな目で頼まれて断れる男がいるなら見てみたい。
ふっと溜め息が口からもれた。それが喜びのものなのか、それとも呆れたものなのかは分からないが。
「…ああ」
妙に熱い感情を抑えながら、俺はこの先何処まで自分の理性がもちそうかを考えるのだった。
――
背中越しの体温に胸が疼く。この心臓の鼓動がかごめに聴こえてるんじゃないかと心配にまでなる。
冷たい壁を見ながらそんなことを考えていると、不意に腰より少し上に手が回された。
「……日暮?」
「…こうやって寝ても良い?」
おそらく深い意味など無いだろうが、こちらとしては大問題な訳で。
「別に…つか、俺も一応男なんだけど」
いつもより少し低い声が出た。苛立っているわけではなく、言い換えれば自分に牽制しているのだが。
「あ、…嫌だった?」
不安そうな声と共に俺の身体に回っていた腕が緩む。
そうじゃなくて、と腹の前で組まれている手を握った。柔らかくて、少し冷たくて。それは紛れもなく「女」の手で。
「何すっか分かんねーぞ」
「え…?」
緩みかけていたかごめの手がぴくりと止まった。この意味が分からないほど鈍感ではないことを信じる。
「……いいよ」
「…は?」
「朔真くんなら…何されても…」
そう言いながらかごめは俺の背中に顔を寄せたようだった。熱がある時と同じくらい火照った頬が服越しに伝わる。
この答えは鈍感などではない。それは意味を分かった上での承諾で。
「…嬉しいこと言ってくれるじゃねーか」
高ぶる感情を抑えつつ、かごめの方に身体を反転させる。ぴくっと彼女が少し身を引いた。
「…安心しな。何もしねーよ」
優しく頭を撫でれば、彼女の肩の力が抜けていくのが分かる。それを確認してからそっと抱き寄せた。
俺も男だから。惚れた女にそういう感情を抱くのも当たり前だ。
ただ、今はその時ではない。自分の本能より、かごめの考えや想いを大切にしてやりたかった。
というより、彼女に恐怖を覚えさせるのも、拒絶されるのも怖いからというのもあるが。
かごめに貸した俺の生地の薄いシャツのせいで、彼女の体温と華奢な身体が際立つ。
ふわりと彼女の髪の匂いが薫る。それが俺の髪と同じ匂いというだけで嬉しくて。鼻先を彼女の髪に埋めると小さな笑い声がもれた。
「…あったかい」
そう言って数分もしないうちに聴こえるかごめの寝息。胸元にかかる微かな吐息がくすぐったい。
「…こりゃ寝不足決定だな」
そう苦笑を浮かべたものの、いつの間にか夢の世界へと誘われていたのだった。
――
「……っん…」
目を開けると、見慣れない部屋の天井。寝起きの頭で、ここは犬夜叉の部屋なのだと思い出した。
隣を見ると、彼はいない。その代わり私の手には彼のTシャツが握られていた。
「!」
それがどういうことなのか理解できず、慌てて部屋を出る。
「おう、起きたか」
目に入ってきたのは上半身が裸で、いかにも「風呂上がり」スタイルの犬夜叉だった。
「っあ……お、おはよ…」
その鍛え上げられている身体に思わず目を逸らす。頬に熱が灯るのを感じながらとりあえず挨拶だけはした。
「あ、わりー…今何か着っからよ」
少々ばつが悪そうな彼の顔を盗み見る。学校とはまた違う彼にどうしても胸がときめいてしまう。
「あ、そういえばこのシャツ…」
先程まで握っていたTシャツを犬夜叉に差し出す。それを見るとああ、と彼は笑って受け取った。
「これ…何で私が…?」
「ああ、なんか朝起きたらお前がシャツ掴んで離してくんなかったからよ」
その場で脱いだ、とさらりと言われた。顔から火が出るんじゃないかと思うくらい恥ずかしい。
「ご…ごめんなさい…」
「いや、気にすんな。俺も良いもん見れたし」
「良いもん…?」
「まあな……っと」
黒いTシャツにスウェットというラフな格好になった犬夜叉が台所からひょこっと顔を出した。
「お前部活何時から?」
「えっと…土曜は昼からよ」
「なら俺と一緒だな。昼飯食っていくか」
「朝ごはんは…?」
「お前時計見てみろよ」
笑われた。その笑顔に不覚にもきゅんときて、慌てて時計に目をやる。
「じゅっ…10時半!?」
「爆睡だったからな〜。俺も10時に起きて…」
「起きて?」
「日暮の寝顔見てた。いや、良いもん見たな」
「ば、ばかっ!見なくていいわよそんなものーっ!」
「今更照れるこたねーだろ」
そんな会話をしていると、台所の方からいい匂いが漂ってきた。
「日暮、そこから皿取ってくれるか?」
「はーい…これ?」
「おう、サンキュ」
「朔真くんって…家庭的よね」
「まあ一人暮らし歴なげえからな」
それを詳しく聞こうとしたら飯にすっぞ、と声をかけられた。その話はまた次の機会にしようと席に座る。
朝ごはん兼昼ごはんを食べながら、私は好きな人と食卓を囲む幸せを感じていた。
「なんか…」
「ん?」
「新婚生活みたいよね」
「…っぶ!!?」
盛大に咳き込む犬夜叉に驚く。気管に入ったのか、激しくむせながら彼はチラッとこちらを見た。
「何つーか…お前…言うことがぶっ飛んでんな」
「…そんなことないわよ」
「覚えてねーの?昨日の夜に……」
「きゃー!!言わないで!!」
確かに昨日は変なことを口走ったけど!大胆なことをした気がするけど!改めて言われるとものすごく恥ずかしい。
彼になんとなく苛められながらも昼ごはんを終えたときには既に11時過ぎだった。
部活へ行く支度をしていると、ふと思い出したように犬夜叉が呟いた。
「そういや、お前の家の鍵あったぞ」
「え!!嘘っ!?」
「お前の鞄倒したときに出てきた」
これだろ、と差し出されたものは昨日熱に浮かされながらも必死に探した鍵で。安心したと同時に彼の家に泊まらせてもらったことが申し訳なくなった。
「なんか…ごめんね。迷惑かけちゃって…」
「…やっぱうっかり、だよな」
「え?」
「いや!なんでもねえ!…迷惑なんかじゃねえって。寧ろ…嬉しかったっていうか…」
「朔真くん…」
「その…こんな家で良かったらいつでも来いよ」
そう言う彼は照れているのか目を泳がせながら頬を掻いている。そんな言葉が堪らなく嬉しい。
「ありがとう!また…来ても良い?」
「おう…その為にそれ、渡したからな…」
彼が指差したのは私の鍵。それを持ち上げて見ると私の鍵の他に見慣れない鍵がひとつ増えていた。
「これって…朔真くんの家の…!」
「じ、時間だ!置いていくぞ日暮!!」
ばたばたと竹刀を担いで玄関へと向かう彼に笑みがこぼれた。
「まってよ、朔真くん!」
私もすぐにその後を追う。手の中で鈴と、2つの鍵が重なって鳴る音が聴こえた気がした。
――
「…なあ、今の見たか?」
「あの二人、今同じ家から出てきたわよね…?」
「同居か…?」
「同棲かもしれないわよ」
二人が丁度家を出る時に偶然その場にいた同級生に見つかってしまったわけで。
「朔真と日暮は同棲している」
そんな噂がしばらくの間、校内で波紋を立たせていたのであった。
了
はい、やっと終わりました!\(^O^)/
「ひねもす」は朝から夜まで、という意味です。「日暮し」という言葉もあるそうです(/--)/
さて、
本当は保健室で話を終わらせるつもりだったんだけどね…なんか犬くんが暴走しちゃってね…←笑
お泊まりの話になったので、ここは丁寧且つ詳しく書こうじゃないか!と笑
桔梗さん、まさかの名字←
もし桔梗さまファンの方がいたら申し訳ないです…パラレルでも名前呼びにしたくなかったもので…
管理人の私的な気持ちですm(__)m
なるべくリアルを追求したのですが…いかがだったでしょうか?
あとがきも含め、ここまで読んでくださりありがとうございました!
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