小説
ひねもす#
学生パラレル
犬かご
甘
「っあ〜…だりい…」
保健室独特の匂いに包まれながら朔真犬夜叉は横になっていた。
別に熱があるわけでも、具合が悪いわけでもない。
―やっぱアイツ等と麻雀したのが間違いだったな…
彼は友達である弥勒、鋼牙、蛮骨と朝まで麻雀をしていたのである。要するに、ただの寝不足だ。
『ひねもす』
―早退してえな…
俺は保健室が嫌いだ。この薬品臭さがなんか気に入らない。ベッドに横になりながら「帰りたい」ということだけを頭の中に巡らせる。
「あ゛〜…帰りてー」
「朔真、煩い」
無意識に声を出していたのだろう。そこを保険医に一喝されてしまった。
「っせえよ桔梗。あ〜帰りてー」
「呼び捨てするな。私とて貴様のような不良生徒、さっさと追い出したいわ」
「…とても教師とは思えねー台詞だな」
「ふん。とても生徒とは思えん態度だな」
保健室が嫌いな理由2、コイツ――桔梗矢宵(やよい)がいるからだ。弓道部の顧問でかごめを慕ってる変態教師、だと俺は思っている。クールで大人っぽくて美人だ、と言う生徒も一部居るわけだが俺は、嫌いだ。
携帯を開くと、今12時43分。四時間目も終わり丁度昼飯時だ。腹も減ってねーし一眠りするか、と目を閉じた時、
「…失礼します」
誰か入ってきたようだ。ぼんやりしていた耳をその声のする方に集中させる。
「お前が来るなんて珍しいな。どうした?」
「いえ、朔真くん、大丈夫ですか…?」
その声に胸が高鳴った。日暮だ。自分を心配して来てくれるなんて。なるべく音を立てないように起き上がって耳を澄ます。
「ただの寝不足だ。お前が案ずる程のものではない」
「そうですか!…良かった」
「それより、かごめ。お前顔色悪くないか?」
「え…そうですかね…」
「あいつよりお前が心配だ。とりあえず熱を測ってみろ」
色々と失礼な保険医は無視する。それよりかごめの体調が悪いことが心配で。眠気なぞ何処かに吹っ飛んでしまった。
ぴぴぴっ ぴぴぴっ
「37度3分…」
「かごめ、家で休んだ方が良い。私が早退届けを出しておこう」
「桔梗先生すみません…」
「なに、気にするな。家に誰か居るか?」
「いえ…家族で旅行中なもので」
そんなやりとりを聞きながら、俺に1つの考えが浮かんだ。問題は、それをどう上手く切り出すか…
「そうか…ならば私の家に…!」
「先生、俺が送っていきます」
「朔真くん!?」
上手く切り出せた。驚いた表情でこちらを見るかごめは確かに具合が悪そうだ。
その後ろでものすごい形相の女が居るが気にしないことにする。
「お前歩きだろ?どうせ俺も帰るし送ってってやるよ」
「でも…いいの、朔真くん?」
「ああ。じゃあ荷物取ってくるから待ってろ」
「おい。待て貴様。私は許可なんて…」
「頼むぜ、桔梗せんせっ」
俺は弥勒から伝授された(自称)年上殺しの愛想を振り撒き保健室から教室へと向かった。
――
「大丈夫か?」
「うん…平気…」
ぐったりと俺の背中にもたれかかっている時点で平気じゃないことくらい分かる。
なるべく早く寝かせた方が良いだろう、と自転車のペダルに力を込めた。
程なくしてかごめの家に着く。階段の上にあるいつ見ても立派な鳥居が今日はやけに遠く感じた。
「…日暮、荷物ちゃんと持ってろよ」
「え…っわ!?」
かごめを横抱きにして階段を上っていく。それにしても軽い、軽すぎる。荷物分の重さを配慮してもこの軽さは異常過ぎやしないか。
いつもなら「降ろして」と怒るのだろうが、今日は何も言わずに身体を俺に預けている。そんな姿が無性に痛い。
「もうすぐだからな」
小さく頷くのを確認してから階段を駆ける足を速めた。
玄関まで走り、かごめを降ろす。ありがとう、ともごめんなさいともつかない言葉を呟きながら彼女は自分の鞄を探った。
「……ない」
「は?」
「っどうしよう…鍵ないよ…」
「…まじか」
熱のせいもあるのだろう。涙腺が緩んでいるようで、その瞳から涙がポロポロと零れていく。
「保健室に落としたのかな…朝まではあったのに…」
泣き出したかごめの頭を撫でながら考えを巡らせた。学校にもう一度戻るのは時間がかかる。
「俺の家…来るか?」
ここから少し遠いが学校に戻るよりは近い。頭の中で部屋の状態を思い出しながら尋ねる。
「っでも…」
「いや、来い。おふくろさん達には俺から伝えとくから」
言い終わらないうちに再びかごめを抱えて階段を駆け下りる。先ほどよりも微かに熱い小さな身体を急いで家まで運んだ。
――
「よし…しばらく寝てろ」
思っていたよりも片付いていた部屋に胸を撫で下ろす。自分の黒いベッドにかごめを寝かせると、その白い肌の色がよく映えた。
「俺は隣の部屋に居るから」
「…ん、おやすみ…」
静かにドアを閉めて時計を見上げる。あと数分で2時だ。昼を食べていないことを思い出してテーブルに弁当を広げる。
咀嚼する音がやけに響く。いつもなら気にしないのに、と苦笑する。
ふぁ、と溢れた欠伸に視界がかすんだ。洗い物はうるせーから後でにするか、なんて柄にもないことを考える自分が可笑しい。
ソファーに沈み込んで、睡眠時間が二時間だったことを思い出した。目を閉じると、直ぐに眠気が押し寄せたのだった。
――
「……っん…」
起き上がって首を回す。変な寝方をしていたのだろうか、関節が痛い。
外はもう暗くなっていて、時計は6時を回っていた。
そっとかごめの寝る部屋に入ると、気持ち良さそうに寝ていた。
安堵を覚えながら額に手を置くと、昼間よりも熱くない。どうやら熱も下がってきたらしい。
これなら夕飯は食べられるだろうか。一応雑炊の用意だけでもしておこう。
再び部屋を出て、台所に向かおうとするとつまづいた。何事か、と足元を見ると倒れているかごめの鞄と自分のエナメル。
エナメルはともかく、かごめの鞄の中身をぶちまけてしまった。きちんとそろっている教科書やノートを手に取り、しまおうとすると
ちゃり
「ん?」
金属と鈴がこすれるような音がした。ふと手元を見ると、見覚えの無い可愛らしい鍵がひとつ。
「…これ……」
自分のものではない。そしてこの部屋に来る奴なんて野郎ばかり。そんな奴等がこんな可愛い鍵を持っていたとしたら爆笑で死ねる。
ということは、だ。
「…かごめの?」
いや、確かにあの時かごめは「鍵がない」と言った。熱があったとしても、鞄を倒してすぐ出てくるような所にあったなら気付くはず。
「もしかして」
―俺の家に来たかった…?
そこまで考えて我に帰る。ハッと口許を手で覆う。少し緩んでいた頬に苦笑した。
「だっせー…」
自意識過剰もいいとこだ。さすがにここまで来ると自分で自分が気持ち悪い。溜め息混じりの自嘲を吐き出すと後ろで控えめに開くドアの音がした。
「さくまくん……?」
「ひ、日暮!?…もう大丈夫か?」
咄嗟に鍵を手の平の中に収めた。自分で取った行動だが、訳が分からない。ただ、見つかってはいけない気がした。
「うん…あの…ごめんね、ちょっと汗かいちゃった…」
「ああ、気にすんな。俺ので良いなら着替え貸すか?」
「え!…いいの?」
「おお、俺は構わねえけど」
「じゃあお言葉に甘えて」
微かに笑うその顔は大分血の気を取り戻していた。これなら明日には元気になっているだろう。
「汗、気持ちわりーならシャワー浴びたりしても良いけどよ」
「いいの?わあ、嬉しい!」
―
ありがとう、と微笑んで彼女は浴室へと消えた。ここまでの流れで、俺はやましいことなど一際考えてなどいない。
ただ、成り行き上こうなってしまったわけで。
だから浴室から聞こえる水音とか、微かに香る濡れた匂いとか気にするはず…
「……だああぁ…」
無いわけないだろ。雑炊を火にかけたところでその場にしゃがみこんだ。
―あいつが上がってきたら素でいられる自信ねえ…
俺は、雑炊が吹く音がするまで頭を抱えていたのだった。
「おいしーっ!朔真くん料理上手!」
「そうか?」
「うん!いいお婿さんになれるよー」
「…なんか微妙だな」
かごめは昼間とは別人のように回復していた。多分知恵熱だったのだろう。俺としても美味しそうに飯を食ってくれる方が安心するし嬉しい。
「おふくろさん、何て言ってた?」
「彼なら安心ね、だって!ママは朔真くんのこと大好きだから…」
「そりゃ光栄だな」
他愛の無い話をして、笑いあう。夕食の間、一回だけ新婚生活みたいだな、と考えてむせた。久しぶりに…いや、生まれて初めて楽しい食事だったと思う。
そして、夜は更けて。
「だめ!朔真くんがこっち!」
「バカ言うな、客を床に寝せれるか!構わず使え!」
寝る場所について小さな問題勃発。かごめは俺にベッドを勧めてくれるが、そうする訳にもいかない。
だから、俺はひとつ、ぽんと手を打った。
「日暮、お前ちょっとベッドに座ってくんねーか?」
強引に座らせて、素早く部屋を出る。
「ちょっ!朔真くん!!」
「そこで寝ねーと明日学校行かせねーぞ」
えーという声が聞こえたが聞こえないフリ。ただでさえ理性の糸がいつ切れるかも分からないのに、同じ部屋で寝るなんて無理だ。
ソファーの寝心地は決して良いとは言えないが、かごめがゆっくり寝られるならそれでいい。
「…おやすみなさい」
「おう」
短く挨拶を交わす。すぐには寝れそうにないが、なるべく色んなことを考えないようにと目を閉じた。
前編了
→後編へ続く
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