小説
紅
甘(犬かご夫婦)
小川のほとりで妻の悩ましげな声が聴こえた。
こちらには気付いていないようなので、音を立てないようにゆっくりと近付く。
「何やってんだ?」
「きゃあっ!?」
勢いよく振り返ったかごめの顔を見て、不覚にも笑ってしまった。
『紅』
「わっ、笑うことないじゃない!!」
真っ赤な顔をしてむくれるかごめ。その口元には、顔よりも赤い紅(べに)が頬までひかれていた。
「笑わずにいれるか…!」
まるで幼子(おさなご)の失敗に終わった悪戯のようだ。
かごめはすぐに水で顔を洗い流し、こちらを睨み付ける。
「悪かったわね、紅もひけない女で!!」
「んなこと言ってねえじゃねえか」
どうしたんだそれ、と尋ねるとふん、とそっぽを向かれた。
「美人で格好良くて一人で紅がひける素敵な珊瑚ちゃんからもらったのよ!」
大人気ねえ、と内心苦笑する。同時にそんな姿が可愛くて仕方がない。
「悪かったって」
など心にも思っていないことを言えばじろりと睨まれる。
「うそつき」
なおもむくれるかごめ。どうやら相当ご立腹らしい。
「そんなに紅、やりたかったのか?」
そう尋ねると、彼女はやや間をあけてこくりと小さく頷いた。
「…俺がやってやろうか」
―そしてすぐに俺は後悔することになる。
「本当に!?」
振り返ったかごめは嬉しいのか、目を輝かせていた。
そんな表情にくらりとしながらも、紅を受け取る。
自分でしたことはもちろん、人にしたことはないが母のひいている姿は見たことがある。
「ほら、顔貸せ」
そう言いながら小指に紅を少し乗せる。
「ん」
「……」
かごめは目を閉じて、塗りやすいようにという配慮からだろうが唇を少し前に出している。しかし、
これじゃあまるで…
―口付け求めてるみてえじゃねえか…!
思いがけず緊張してきてしまい、それを誤魔化すようにさっと指を彼女の唇に這わせる。
「…!」
突然指を付けられたからだろうか、ぴくりとかごめは身を竦めて口をすぼめる。
それによって犬夜叉の指はかごめに軽くくわえられる形になって。
「っ…!」
「あっ…ごめん…」
ばっと指を離し、そのまま顔を覆う。火照る頬が恨めしい。
「…なんでそんなに顔赤いの?」
「っ…るせえよ」
なんでこいつはこうも鈍感なんだよ…!
いつも、口付けで唇に触れてはいるが、指で触れたのは初めてで。
思ったよりも柔らかくて、暖かいそれに妙に胸がざわつく。
「…やるぞ」
「はあい!」
爪に気を付けながら、紅をのせていく。丁寧に、かつ迅速にその難題を片付けた。
「…終わったぞ」
「ん!ありがとうございました!」
にっこり微笑む彼女。我ながら上手くいった紅の出来に感心していたところだったのに。
そんな顔止めろ。煽るな、俺を。
「犬夜叉?また顔が…ってもしかして照れてんの?」
「ばっ…!」
「図星、ね」
くすっと口に手をあてて笑うかごめは、いつもよりどこか色っぽい。
限界だな、と頭の何処かで誰かが囁いた。
「悪かったな」
言うなり、両手を拘束して押し倒す。
「へっ…?」
「どうした?顔が赤いぞ、かごめ」
わざと耳元で低く言葉を発せば、反応して震える肩。
「俺をからかうなんざ100年早えんだよ」
唇を重ねる。紅特有の匂いが微かにした。先ほど感じた唇の柔らかさが更に俺を煽る。
鳥の声と川のせせらぎが二人を包んでいた。
「…ばか」
「知るか」
目に見えて上機嫌な犬夜叉が憎い。
「せっかく塗ってもらったのに取れちゃったじゃない…」
初めてなのは当然だけど、それよりも犬夜叉に塗ってもらったことが嬉しかったのに。
「また付けてやっからよ」
「口付けはお預けよ!」
顔をあげて犬夜叉を見れば、甘い黄金の瞳に見つめ返される。
「…紅、付いてるわよ」
目があったことに気恥ずかしさを感じながら指摘する。このまま誰かにあえば、何をしたかばれるだろうから。
「あ?」
ぺろりと舌でそれを舐める旦那様。不本意だけどそんな彼の行動に胸がきゅんと鳴る。
「お前のも…ほらよ」
そう言いながら彼は火鼠の衣で私の口元もそっと拭く。赤い紅は紅い衣にとけて見えなくなった。
「あ、ありがと…」
「おう」
並んで歩けば、絡み合う指と指。珊瑚ちゃんに感謝かな、と考えていると不意に犬夜叉が立ち止まる。
「その紅、人前でつけんじゃねえぞ」
「え?」
「俺の前だけにしろ、って言ってんだよ」
分かったな、と私を引っ張るようにまた歩き出す。
―ああ、もうっ!
こんな俺様発言でさえも愛しいなんて、私がおかしいのかしら?
頬を染めて歩く二人が先ほどの紅を付けるのは、そう遅くない先のお話。
了
やっと消化!!
口紅って大人なイメージがある私←
そして、浮気とかそんな感じのイメージ笑
昼ドラ見てるとなんか、こう…ああなるよね(/--)/笑
お読みいただきありがとうございました!
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