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小説
流れたものは

〜シリアス(朔犬かご)





豚だか鬼だか分からねえような不細工な妖怪だった。

そして、その忌々しい野郎は、最初から霊力が高いかごめが狙いだったんだ。

目の前で、後ろから刺されるかごめを見た。

ゆっくり倒れて血を流す姿を俺は忘れることはないだろう。



『流れたものは』



「っかご……!!」


体が言うこと聞かねえ。足をやられた。鉛みてえに鈍い重みと痛みが体に走る。
だが、そんなこと言ってる場合じゃねえんだ。


「っか…かごめ…っ!!」


頭が真っ白になる。


血が一気に凍る。


手足が無意識に震える。



やっと腕の中に納めたちっせぇ体は、冷たい。呼吸を確かめようにも自分の息が乱れまくって分からない。


目が眩むような白い手足は赤く濡れて、眩しすぎる笑顔はその顔に浮かばない。


「っ……かご、め…?」


呼吸が苦しい。空気が肺に行き渡ってないんだろう。
視界が滲むのもきっと酸欠のせいだ。


「どけっ!犬夜叉!!」


弥勒に突然押し退けられる。後で気付いたが、この時の蹴りのせいで俺の怪我は悪化していたと思う。


「っかごめちゃん!!今助けるからねっ!!」


弥勒がかごめを手当てをする音が聞こえる。珊瑚の滅多に出さない涙声が聞こえる。七宝は喚くし、この場はきっとうるさいんだろう。

でも、俺の耳には何も入ってこなかった。自分の鼓動だけが、俺を現実と繋ぎ止めていた。











1週間経った。

今宵は月の出ぬ暗い夜…

否、明るかった夜。

…お前がずっと隣に居てくれたから。


今隣にはあれから目を覚まさないかごめが横たわっている。

朔の日はいつも起きていてくれてたのに…

独りの夜がこんなにも寂しいとは。

いや、独りが寂しいことくらい知ってたさ。ずっとそうやって生きてきたのだから。


ただ、温もりを知ってしまった今は孤独が怖い。


「……かごめ…」


規則正しい呼吸音。何度も確かめては、安堵のため息を落とす。


あの時、白い服が血に染まる背中を見たとき、世界が止まった気がしたんだ。

…違う。止まったのは世界じゃなくて俺の心臓かもしれない。

今の姿よりは戦える、半妖の姿の時でさえかごめを守れなかった。

守るどころか死なせそうになった。弥勒たちの処置がもし遅ければ……


ぞくっと悪寒が背中を走る。ただ、名前を呼ぶことしか出来なかった自分の無力が怖くなった。


「……いぬ、や…しゃ?」


「っ!!」


星明かりがかごめの顔を照らしている。血の気のない青白い頬はいつもより儚く見えた。


「っか……っ!」


「……朔…だったのね…」


小さく力無く笑うかごめはあまりにも儚い。


「……ごめ、んね?」


「……?」


一緒に起きててあげれなくて、と眉間にシワを寄せて悲しそうに微笑うかごめ。

――なんで、お前はそんなにも優しいんだ?

こんな時でさえ、俺の身を案じてくれる。少しは己の身を案じてやれよ…



「……犬、夜叉…」


頭の後ろに弱々しく腕を絡められた。ゆっくりと引き寄せるかごめに身を委ねた。


額が柔らかい布団につくのが分かる。かごめを押し潰さないよう、その細い肩の横に置いた腕に力を込めた。人間の時ですら感じる優しい匂い――俺が大好きな匂い。


「心配かけて…ごめんね。」


一言一言が胸をつく。言い表せないような安心と愛しさ。

その細い首にそっと鼻を近付けて、気付く。

人間の鼻もバカにできない。半妖の時には劣るが、強い薬草の香りの中に微かな鉄の臭いが混じっていた。


「…かごめ…ちょっといいか?」


首に回った腕が解かれてから、ゆっくりとかごめの上体を起こす。


「…っ!!」


先ほど珊瑚に替えてもらっていた白い着物に血がじわりと広がっている。


「さっ、珊瑚を呼んで…」


「…嫌。」


「…かごめ?」


衣の裾が弱く引っ張られた。それを振り払うこともできず、その場に座る。


「行か、ないで……」


はたはたとその白い頬に流れる涙が布団に染みていく。その雫に夜の星が反射して、なんとも美しい。


「っでも…血が……」


ふるふると力無く頭を振るかごめはさっきよりも裾を掴む手に力を込めているようだった。



離れない。

離れたくない。


「…雲母。」


人間より耳が利く雲母を小さく呼ぶ。程なくして廊下からひたひたと足音が聴こえて、部屋の前で止まった。


「雲母?」


「みゅっ。」


応えてくれた小さな仲間に頼もしさを感じる。


「珊瑚を呼んできてくれ。」


みっと再び鳴くと、ぱたぱたと廊下を駆けてく音がする。


「…もう少し待ってろ。」


一向に自分を離そうとしないかごめの頭を軽く撫でる。あまり背中に負担をかけないように、横向きに寝かせる。こちらを見上げる瞳は切なく揺れていた。


「犬夜叉、かごめちゃん、入るよ?」


すっと襖が開いて心配そうな顔をした珊瑚が入ってきた。珊瑚の後ろから、てててと寄ってきた雲母の頭を撫でると嬉しそうにごろごろ鳴く。


「どうしたんだい?」


「傷が…開いちまったみてえなんだ。」


「分かった。犬夜叉、かごめちゃん着替えるから向こうに…」


「あぁ。」


「……行かないで…」


「!」


珊瑚と俺の袖を引っ張るかごめ。


「珊瑚ちゃん…犬夜叉…私を置いていかないで…」


「かごめちゃん…」


置いていかないよ、と優しくかごめを抱き締める珊瑚。着替えの着物は枕元にあったのでそれを珊瑚に渡す。


「俺は…」


「あんた後ろ向いてな。」


法師さま来たら追い払ってよ、と軽く笑う珊瑚に感謝する。


衣擦れの音が背後でする。こんなときなのに何故か頬に熱が昇っていく。「音だけ」というのが妙に鼓動を早くする。


「ちょっと我慢してね。」


「…っん……っ!」


薬を塗っているのだろうか。痛々しいかごめの声に泣きたくなる。

――俺がもっとしっかりしていれば…


「犬夜叉、あのさ…」


「あ?」


珊瑚が急に名前を呼ぶもんだからつい無意識に振り返ってしまった。


「……あ…」


目の前には、暗闇に映える白い肌。そして、くっきり見える赤い爪痕。


「犬夜叉!ちょっと!」


「あっ、いや…すまねえ……」


つい、凝視してしまったのを珊瑚に戒められ、再び襖の方を見る。視界から美しい白が、哀しい赤が、

消えない。








「終わったよ。あたし行くけど…無理させるんじゃないよ。」


しばらくして珊瑚が治療を終え、雲母を連れて部屋を出ていった。


静かに横たわる沈黙。


「……すまねえ。俺が…」


沈黙の重さに耐えきれず、今まで考えていたことを口にする。


「…お前を…守りきってやれなくて…」


傍に居て欲しい

傷付いて欲しくない


涙も血も、流して欲しくないのに…


愛しい人ひとり、守ることができない

そんな役に立たねえ俺が、果たしてかごめを求める権利はあるのだろうか。



「…いいの。」


「…!」


「傍に、…犬夜叉の隣に居たいの…。」


だから、と微笑まれる。その表情に吸い込まれる錯覚を覚える。


「そんなに、自分を責めないで…」


そっと伸ばされる手にすがりつく。背中には触れないように抱き締めて、肩に顎をおく。






でもな、と心の中で呟く。

かごめ、俺はやっと見つけた温もりを手放したくないんだ。


仲間も、

絆も、

笑顔も、

涙も、


お前がくれたものだった。

お前が居てくれなきゃ知らないものだった。



だから、な。


もし、お前が逝くときが来たら、朔の日にしてくんねえか?

すぐに…傍に逝かせてくれよ。

お前がいねえ世界で、独りで生きていけなんていわないでくれ。




こんなことを言ったら、きっとお前は怒るんだろうな。

それともおすわりを連呼して、しばらく口聞いてくれねえかもしんねえな。






強くなりたい。


誰かを仕留める強さなんかじゃねえ。


誰かを守りきれる強さが欲しい。




夜空に流れたのは、




心に誓った想いか。

頬を伝った涙か。







…朔犬は死について考えてるイメージがあるんです。人間になることで、人間の儚さを知るというか…



シリアスになる。

この方程式、破ってこうとおもいます!(^^)/笑


てか、このサイトの犬夜叉は泣き虫です笑


お読みいただきありがとうございました!

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