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小説
君の匂いを

それは初夏の香が漂うある晴れた日のこと。





「おすわりーっっ!!!」
「ふぎっ!」




鳥が一斉に羽ばたく。

昼下がりというのに、場違いなほどの沈黙。

打ち破ったのはかごめだった。






「犬夜叉なんてもう知らないっ!ついてこないでね、ばかっ!」






時をさかのぼること約30分前。ある一人の訪問者により事態は起こった。





「…胸くそ悪ぃ臭いだ。」



鼻と耳をぴくっと動かし顔をしかめる犬夜叉。



「…!四魂の欠片の気配…」



かごめが振り替えると、一筋の竜巻がぐんぐんと近づいてきて―――


「よぅ、かごめ。元気にしてたか?」

「こ、鋼牙くん…」




妖狼族の若頭・鋼牙がかごめの手を握りしめて言う。

「久しぶりだな。会いたかったぜ…!」


と今まさにかごめを抱き締めようとする鋼牙に犬夜叉が七宝を投げつける。

タッチの差で七宝を抱き締める鋼牙。


「なんでオラが……」


悲痛な七宝のつぶやきを無視し、自分の背にかごめを隠した犬夜叉が怒鳴る。


「気安くかごめに触ってんじゃねぇよ!!この痩せ狼!」

鋼牙も黙っちゃいない。

「あ゛ぁ?自分の女に触って何が悪ぃんだ!てめぇこそその汚ねぇ手を離しやがれ!!この犬っころ!」


「だっ…れがてめぇの女だ…!!」



ぎゃんぎゃんと吠えたてる二人とそれに挟まれて動けないかごめ。



残された珊瑚と弥勒は空を仰ぐ。


「今日も平和だねぇ。法師さま。」


「いやはや…良いことではありませんか、珊瑚。」



達観しきってる二人は、この毎回のように繰り広げられる喧嘩に口出しすることなど皆無だ。



あともう少しすれば、犬夜叉におすわりがくるだろうなぁ、と思っていた時だった。





そこで冒頭に戻るわけである。







かごめが去った後、そこに残っていたのは、地面にのめり込んでる犬夜叉と、呆然とかごめが消えた森を見ている鋼牙と七宝であった。




「…けっ。ざまあねえな犬っころ!俺はかごめの後を追うぜ!」



と言うやいなや、颯爽と森へ向かう竜巻。


「あ゛!こら待て痩せおおか…ぐっ!」


じゃらん、っと弥勒の錫杖が鳴る―――犬夜叉の頭に命中した錫杖が。


「さて…どういうことですか、犬夜叉?」


にっこりと、それこそ弥勒菩薩のように笑う法師の笑顔は犬夜叉の目には鬼のように見えた。














――あ〜…またやっちゃったなあ…




ざくざく森へ入ったは良いものの、冷静さが戻ってくると落ち込んでしまった。



犬夜叉と鋼牙の口喧嘩の中で言われた言葉。


ついカッとしてしまった。はあ、とため息がでる。




そしてよく考えてみれば、森は妖怪が潜んでいる確率が高い。…にも関わらず弓矢は置いてきてしまった。



――妖怪に出くわす前に戻らなきゃ







一人とぼとぼ歩くかごめの背後からすっと手が近づく……















「『鋼牙のところに行けば良い』といったじゃと〜!?」






自分を下から睨み、わめく七宝に拳骨をかました。


「っせぇな!ガキは黙ってろ!!!」



「とりあえず、犬夜叉もお静かになさい。」




なだむる弥勒と責め立てる七宝。





――それでかごめちゃんが怒ったっていうなら…鋼牙は本当に可哀想な奴だな。



珊瑚はそれを横目で見ながら思った。





どうやら、終わりそうにない口喧嘩が戦闘に入る気配がして、かごめが鋼牙をかばったらしい。



――いつものことじゃないか…




優しいかごめは必ず鋼牙をかばう。それが気に食わない犬夜叉は今日で限界だったらしい。

心にもないことを言ったようだ。




珊瑚は再び空を仰ぐ。




――平和だなぁ













「……っ!やっ…!」


いきなり掴まれた肩に驚き、かごめはその手を払う。


「あ〜…、すまねぇ。ちょっと驚かしすぎたか。」



振り返ると、少し申し訳なさげに笑う鋼牙がいた。



「こっ…鋼牙くん…。やだ、驚かせないでよ。」


苦笑ぎみにクスクス笑う。



しばらく二人で笑い、急に訪れた沈黙。


ざざざぁ


風が木の葉を揺らす音が響く。



「鋼牙…くん?」


妙に真剣味が増した鋼牙にかごめは戸惑った。



「…どうしたの?」




「…かごめ。」



「は、はいっ!」




唐突に名前を呼ばれ反射的に返事をする。




再びの沈黙。
鋼牙が口を開き、呟くように言った。













「…俺のいうこと、聞いてもらっちゃダメか?」



「はやく見つけてよ、犬夜叉。」



珊瑚の催促に顔をしかめる犬夜叉。




「鼻がきかねぇんだよ。」

もどかしそうに言う犬夜叉に弥勒が暮れ始めている空を見上げる。


「!そうか。今宵は朔の日か!」


――はやく探さねば、鋼牙が連れてこない限りかごめ様には会えぬな…



焦っているのは弥勒だけではないようだ。



犬夜叉も犬夜叉でかなりの焦燥感を抱いている。



と、その時だった。

風向きが変わったのだろうか、犬夜叉の鼻がかすかなかごめの匂いをとらえたのだろう。



「こっちだ!」




風を切る勢いで犬夜叉たちは走り出した。















「ちょ…鋼牙くん…」


「ん?なんだ、かごめ?」


耳元で鋼牙の低い声が揺れる。
鋼牙の頼みはこれらしいのだが…


「どうしてこんな格好なの?」


鋼牙と向かい合うようにかごめが立っており、一歩踏み出せば鋼牙の胸の中なのだが――


ただそのまま立っているだけなのである。



「なんだ、抱き締めてやろうか?」


口角をあげて笑う鋼牙。

しかし言葉と裏腹にそんな素振りはまったくない。


――なんなんだろう…?


疑問だらけのかごめなのであった。









――犬っころ遅ぇなあ…


いつも弾丸のように飛んでくる犬夜叉が来ないことが不満だった。




――からかいがいのねぇ奴。



かごめに目を落とす。



きょときょとしながらも『頼みごと』を守るかごめの姿に胸がうずいた。




――待ってんだろうなあ…





じわりと胸に何かが広まった。



少し首を前に倒し、かごめの髪の毛に顔をうずめる。



「…鋼牙…くん…?」



びくっとしたもののそのままの姿勢でそれを受け止めるかごめ。




「………」


――せめて、犬っころが来るまでは…








夜が静かに降りてきていた。

















すっかり日が落ち、夜の森は静かであった。


犬夜叉もすっかり人間になってしまっている。


鼻も耳も利かないが、今、すぐそこにかごめがいる。




では何故行かないのか。


――弥勒に止められているのである。



「…おい、弥勒。」


「まあ、待ちなさい。今おも…良いところなんですから。」



「今『面白い』と言おうとしたぞ!」


「ダメだよ、七宝。ちょっと様子を見ようじゃないか。」


四人でぽそぽそと言い合い中なのだ。















――…聴こえてるっつの


どうやら、場所は分かったもののこちらの様子を見ているらしい。


…否。


覗き見をしているらしい。


――さて、返してやっかな。



かごめから顔を離すと、不思議そうな顔で見つめ返してくる。



鋼牙は心の中でため息をつく。





――そういう顔すんなよ…離れたくなくなるだろが。





「…かごめ、目つむってくれるか?」




突然の頼みごとに再び首をかしげながらも、うなずいて目をつむるかごめ。





「こう?」





そのまま上を見上げるものなので、端から見れば口付けを交わすようにも見える。




鋼牙が己の顔を近づけていく…






その時だった。







緋色の衣が鋼牙をさえぎった。






「痩せ狼、てめぇ〜っ…」




怒りを露にした犬夜叉がかごめをかばうように前に立ちはだかる。


その姿がいつもと異なっていることに合点がいく。



――人間だったから来んのが遅かったのかよ。





そしてまた口喧嘩がはじまるのであった。





「あんだよ、良いとこなんだ。すっ込んでろ犬っころ!」




「ざけんじゃねぇ!何が良いところ、だ!ふざけんのもいい加減にしやがれ!!」






かごめが再発した争いを呆然と見ていると、ふいに手が握られた。





「あばよ、かごめ。今度はゆっくりしような。」



と言い、風のようにその場から消えた鋼牙。



「あっ!てめっ…!待ちやがれ!!」






残された面子の間に細く風が吹いた。


















「ちょっと…いつまでむくれてんのよ。」


「むくれてなんかいねぇよ。」





内心ため息をつきながら犬夜叉の隣に座るかごめ。






かごめよりも深い黒の髪の毛がそよそよ夜風になびいている。






――綺麗だな








魅とれていると、振り返った犬夜叉と目が合った。








いつもとは違う漆黒の瞳。

妙に胸が鳴るのはきっとそのせいだ。






「………おい。」





ぶっきらぼうにかけられる声。




「…なに?」



しばしの沈黙の後、犬夜叉が口を開く。






「…あの野郎に変なことされなかったか?」







それは心配でもあり、少し嫉妬が混じった台詞だった。






「ううん。…あ、少し髪の毛に顔をうずめられたかな?」




「…そうか。」












突然、ぐいっ と腕を掴まれ、視界が緋色に染まった。








先程の鋼牙と同じように、髪の毛に犬夜叉の顔が潜る。








「!…いぬ、や…しゃ?」



「…狼くせぇ。」






鼻が利かないのに?と言おうと口を開くと、犬夜叉の方が先に呟いた。









「…鋼牙なんかの匂いに染まるな。」








更に深く髪にもぐり首の後ろに吐息がかかる。








「…お前は俺だけに染まってりゃ良いんだ…」















流れ星ひとつ。
月の無い夜にとても映える光。








お互いに染まりあう二人は、その流れ星に気付いたか否か…




それを知っているのは、空に輝く星だけであった。













→あとがき
ずいぶん前に作った小説です!

鋼牙くんが好きなので、結構色々出してしまいます( ̄ω ̄)笑

これからもよろしくお願いしますorz

お読みいただきありがとうございましたm(__)m

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あきゅろす。
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