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a changed name is ..(立向居)

「はぁ…準備面倒くさい…。やっぱり手軽に福岡の大学にしとけばよかった……。」

陽花戸中を卒業してから早三年。高校三年生だった私は受験に現役合格して、四月から東京の大学に通うことになった。
やっていけるのかという不安もあれば、東京はどんなところなんだろうかという期待もある。
まぁ、どちらにせよ、今は準備で忙しい。
福岡が実家なのだから東京では一人暮らし。家探しもしなくちゃいけないし、家賃や生活の為にバイトも探さなくちゃいけない。持っていく物も纏めなくちゃいけない。非常に面倒である。
福岡を離れる――自立をするというのが大変なことだと感じる。こんな調子で先々大丈夫なのだろうか。
まぁ、正直私が怠けているだけなのだけれど。
そんな風にすべきこと惜しんで精を出さない結果、私は今母校である陽花戸中の前に立つ。

「でも、凄いですよね!現役で東京の大学に受かるなんて…さすが梓恩先輩ですよ!」

今や高校二年生の彼――立向居勇気と共に。
昔から変わらないキラキラした目をしている所為か、褒められると少し照れ臭い。毎日のように会っているのにな。
軽く「ありがとう」というと、恥ずかしさを誤魔化そうとして視線を学校へと向ける。
何も変わってない風景が目の前に飛び込んできて、サッカー部で過ごした日々が――懐かしい思い出が走馬灯のように甦ってくる。
小さな少年の一生懸命な姿。ボロボロになるまで練習して、努力が報われた瞬間のはにかんだ笑顔。私が頭を撫でると顔を赤く火照らせ口を緩める仕草。
今でもそれは変わらないけど、その記憶は鮮明である。その記憶にある少年は、同じ高校へ進学して、今私の隣にいる。
つまり結局のところ、私は彼のことしか頭にないんだ。
だからだろうか。はっきりしている分、東京に行くのが苦しいし、切ない。

「……寂しくない?」

私は彼が側にいないのが寂しい。けど、彼は私が側にいなくても大丈夫なのだろうか。
些細な疑問だった。その疑問を解きたくて、内に思うことを一言外へ出す。

「寂しいですよ!凄く!……でも、梓恩先輩が決めたことだし…俺はそれを応援したいです!」
「………私、いっぱい帰ってくる。勇気に会うために。」
「…それだけで十分ですよ。……それに!俺も大学は東京を希望します!頑張れば一年後には梓恩先輩に会いにいけます!」

孤独がひしひしと彼の周囲に広がるかと思った。でも、彼は「頑張ります!」と両手をぎゅっと握る。
昔は子供っぽいところもあったけど、今じゃ年上の私なんかよりずっと大人。
というより、彼は諦めることをしない子だったな。
今思い返せば、このような疑問を前にも彼に言った覚えがある。
そう。今いる陽花戸中を卒業する頃だ。
卒業してしまえば彼にはもう会えないと思って気が塞いでいた。高校生活を憂鬱な日々として過ごしていたっけ。
だから、彼が同じ高校の制服を着て目の前に現れて、「頑張りました!」と笑った時は、唖然としてしまった。
けど、嬉しかった。本当に凄い子だよな。彼は。

「私はいっっっつも…勇気には苦労させてるね。」
「そそそんなことないですよ…!」
「いやいや。勇気には本当に感謝してるよ。」
「………あっ!そう思うなら、俺が同じ大学に合格できたら、梓恩先輩の家に一緒に住ませてください!」
「調子にのるな。」

忘れてはいけない。
彼がいつも私のことを考えてくれているということを。私のために後から私を追いかけてきてくれているということを。
だから、思う。私は彼にしてあげれることって何だろうか。


------


そして、ついに来てしまった。彼との別れの時が。
お昼頃にはもう東京に着いていなくてはいけない。だから、彼には早起きをしてもらってしまった。
最後に二人だけの時間が欲しくて、また陽花戸中の前を二人で歩きたいという私の願望を彼は二つ返事で引き受けてくれた。

「出発前に俺なんかに会ってて大丈夫ですか?」
「勇気にだから使いたい時間もあります。」
「…新幹線の時間、大丈夫ですか?」
「大丈夫だってば。勇気に会う時間も含めてるから。」
「……荷…」
「荷物は引越しに頼んで、借りた家にあるから平気!」
「…そうですか。」

でも、やはり別れの前だからだろうか。いつもと違って、足取りがゆっくりである。
心配しなくてもいいようなことを心配してくる彼。それを「大丈夫」と言い続ける私。
一歩、また一歩学校に近づくにつれて私達の会話は続かなくなっていった。
そして、またあの風景を見た。何も変わっていない、サッカー部での記憶。
瞼を閉じれば見えてくる。当時の彼の一生懸命な姿。はにかんだ笑顔。恥ずかしがる仕草。
そんな彼は、瞼を開けば隣にいる。

「梓恩…先輩……?」

私は彼に何かしてあげれただろうか。思い返してみても、私にできたことは少なかったに違いない。
唯一誇れることといえば、準備を少しでも早く終わらせて、彼との時間を少しでも長く作ることぐらいだ。これだけは頑張った。
でも、だからだろうか。数日前まで懐いていた不安や期待が無くなっていた。逆に…――

「……」

彼と離れるのがどんどん辛くなってしまった。
隣にいる彼をじっと見つめていたら、彼の顔がはっきり見えなくなって、ぼんやりとしてしまった。
瞬くと、目に溜まってものが頬を流れる。

「……」
「…あ…ごめん……泣くつもりなかったのに…」

軽く手で雫を拭き取るが中々止まってくれない。
本当に、こんなつもりじゃなかったのに。いつもみたいに彼の柔らかい笑顔を見て、私は東京に行くはずだったのに。
なのに、私は自分の感情を彼に押し付けてしまっている。また困らせてしまった。私にできることは、彼に最後まで会うことだったのに。
この涙でそれが全て台無しだ。私の馬鹿。

「……ごめん…勇気……ごめんね…。」
「…ずるいですよ。梓恩先輩ばっかり…俺だって泣きたかったのに…。」

すると、彼は私の頬を両手で優しく包んで、何の予告もしないで、私の唇に自分の唇を重ねていた。
物音もせず、しんとした空気。私は目を見開いて固まっていた。でも、その温かさに私の涙は止まっていた。
唇が離れていくと、お互いに顔を見合わせた。言わなくてもわかるだろうが、私の顔も彼の顔も炎の燃え立つようだった。

「勇…気……」
「…でも、俺泣きませんよ。俺まで泣いたら梓恩先輩が困っちゃいますから。」
「……」

これが本当に小さな少年だった彼だろうか。
声や仕草は全然変わってないけど、昔の可愛さは薄れていて――「可愛い」というよりは「かっこいい」。大人っぽくなった。
それに比べて私は、女々しくなったものだ。決まったことから逃げて、いつまでも悔んでずるずると。情けない。
でも、さっきのことで少しは自分の感情を落ち着かせることができた。これで少しは前に進めるだろう。現金な女だな、私は。

「ありがとう、勇気。私、頑張るよ。」
「梓恩先輩……」
「……何?」

淡灰色の空気が一気に桃色へと変化した後、彼は変なことを言い始める。

「…先輩って…何で「五月雨梓恩」っていう名前なんですか。」

と。
彼はどうしたのだろうか。薮から棒に。
思いがけない一言に私は固まる。そして、いつもの私達の空気に戻っていった。

「……そんなこと言ったら、勇気は何で「立向居勇気」って名前なの?」
「……何ででしょう?」

というか、何でそんな質問したの。とは敢えて言わない。
すると、彼はさらに変な質問をしてきた。

「……先輩は「五月雨梓恩」のままでいたいですか?」
「………」

答えになってないよね、それ。とも敢えて言わない。
さっきまでの彼は何処に行ったのだろうか。私は言葉が出なかった。
でも、彼の表情はあまりにも真剣だった。いや、少し顔が赤くなっているかもしれない。緊張して私の答えを待っているようだ。

「……そうだね。私が私のままでいられるのが、何よりの幸せだよね。だから、私は「五月雨梓恩」のままがいいかな。」
「…そう…ですよね…。」

どうやら私の答えがお気に召さなかったようだ。彼は少し元気がなくなりしゅんっとしていた。
でも、「…何でそんなこと聞くの?」と私が問うと彼は物凄い速さで頬を紅潮させる。

「ええええええええと!そそそそのぉ…!」
「ゆ、勇気…落ち着いて…!」
「あ…す…すみません……!」

さっきまでの彼は本当に何処へ行ってしまったのだろうか。
この喋り方は昔の彼が恥ずかしがっているようだ。まぁ、可愛いからいいんだけど。
彼の気を緩やかにすると、彼は大きく深呼吸をする。

「……あ、あの…梓恩先輩…!」

そして、思っていることを十分に表現するように、大きな声で彼は私に言った。

「これからは「五月雨梓恩」ではなく「立向居梓恩」として生きてみませんか!」

と。

「……。」
「……あ、の…どどどうしてもダメなら、俺が「五月雨勇気」になります!だから!…だから……その…」

突然のことで私は反応できなかった。気づいた時には意を尽した彼のおどおどした姿が目に入った。

「……勇気のことだから…そういうのって、もっとこう…ストレートに「結婚してください!」って言ってくると思ってたよ…。」

というか、私達まだ学生なんだけどな。
ついつい追討ちをかけるようなことを言ってしまった。すると、最後にはすっかり意気消沈してしまった。

「……す……みません…。」
「……」

私は彼に何かしてあげれただろうか。私が懐いた疑問を今また振り返る。
今までは彼との時間を少しでも長く作ることに励んだんだ。これだけは頑張ったんだ。まぁ、それは私が彼と一緒にいたかったからというのが一番大きいのだけれど。

(私…勇気と一緒にいたい…!勇気と一緒にいてもいいの…?)

でも、今彼は私に言ったんだ。「結婚してください」って。
彼が私に言った言葉は、私が今までしてきたことに近い。そして、最も私ができることではないだろうか。
いや、そんな回りくどいものじゃない。単純に考えればいいじゃないか。私の今の気持ち、私が今彼に言いたい言葉を言えばいい。
でも、言うは易く行うは難しとはよく言ったものだ。
私の答えは決まっているはずなのに、口にするのが恥ずかしい。そして、確認するのが少し恐い。
私がこれなのだから、彼はもっと大変だったんだろうな。一生懸命で努力家で恥ずかしがり屋な彼の、精一杯の勇気。
私はそれに答えたい。

「……立向居…梓恩…」
「え?」
「……な…なっても…いいの?」
「…は……はい!梓恩先輩じゃなきゃダメなんです!梓恩先輩がいいです!」


俺、梓恩先輩こと大好きです!


そう言われた瞬間、心が救われて、快くて、ありがたくて、嬉しくて…――

「梓恩、先輩…!?」

私は彼を強く抱きしめた。

「…ならせてください。「立向居梓恩」に。」
「…は…はい!俺!必ず来年、梓恩先輩に会いに行きます!絶対に!」
「…うん。待ってる。」






a changed name is ..






「ねぇ…パパとママはどうして結婚したのぉ?」
「実はね……パパがママの名前の一部を食べちゃったんだよ。」
「パパ、ママの名前食べちゃったのぉ?」
「うん。だから、パパからその名前を取り戻すためにママはパパと一緒にいるんだよ。」
「ママって凄〜い!」
「……梓恩さん…。」






...a happy family ?




END




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新年2回目の更新です。五月雨梓恩です。
いやぁ…そろそろレポート課題をやらないと現実が地獄絵図になってしまいますねぇ……どうしましょう笑

とか思いつつ、執筆してしまいました。立向居君夢。
いや、今回の話は…いや今回の話も、結局何がしたかったのか分からないまま終ってしまいました。
まぁ、未来の話を書きたいと思ったんですけど…結局結婚ネタになってしまって…いやはや何とも。
PCでの運営をサボっている成果、未熟な文章がさらに未熟化してしまいましたね。情けない。

でも、読んでくれる人がいると信じています。こんな駄目文でも。それでは失礼します。

(2010/01/04)


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