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至福のヒート(立向居)


至福のヒート



「……はぁ…今日も練習疲れたなぁ…。」

今日はビデオテープで「ゴッド・ハンド」という技を見た。
その技はとても金色に輝いていて、大きな手がバーンって出てきて――圧倒されることしかなかった。
俺もその技を出してみたい。そう口にしてから俺の特訓が始まった。
戸田先輩達は俺の為に夜遅くまで付き合ってくれていて、期待されているんだと実感する。
だけど、その所為か体中傷だらけで、練習がいつもより厳しくて激しかった。
だからかな、久しぶり筋肉痛に襲われた気がする。
手の平も豆がいくつも出来ては潰れて、悲鳴をあげていた。ジンジンする。

(……そう簡単にできるわけないとは思ってたけど…しんどいなぁ…。でも、頑張るって決めたんだ…!俺は負けない…!)

俺は見ていた手にギュッと力を入れる。すると、同時に欠伸が漏れた。
正直なところ、今は何もせずに布団に入って眠りにつきたい。
でも、まだ中学生の俺は、部活だけじゃなくて勉強も頑張らなくてはならない。
これから家に戻って、風呂に入って、ご飯食べて、宿題が確か二科目ぐらいあった――やることは山積みだ。

(家に着いたら…玄関で寝ちゃいそうだなぁ……)

そんなことを考えているうちに、家の前まで到着していた。
小さく溜息をついた後、ゆっくり扉のとってに手をかける。

「ただいま…」

すると、玄関には…――

「あっ!勇気、おかえり。」

にこりと笑って出迎えてくれた女の子がいた。

「……梓恩。」
「どうしたの、勇気?珍しく疲れ果ててるけど…。」

俺の反応が鈍かったことに彼女は目を丸くして驚いていた。
確かに俺はいつもと違うかもしれない。といっても、毎日会ってるわけでもない。
彼女は陽花戸中のすぐ側にある女学院の生徒さんで、小さい時からよく遊んで、今も暇さえあればよく遊びに来てくれる。
まぁ、俺の家の隣に住んでいるというのも大きい。
つまり、彼女は俺とは「幼馴染」っていうのかもしれない。
だから、俺の家族も彼女のことをよく知っているし、俺も家族みたいに慕っている部分がある。

「うん…練習が少しキツかったから……。」
「ははーん…筋肉痛ってやつですか。勇気もまだまだひ弱ってことねぇ。」

笑顔を絶やさない元気な彼女。しかも、勘が鋭い。
そして、俺には少し意地悪というか何というか――何でか背筋がゾクゾクする。
ニシシと笑う彼女に俺は「あはは……返す言葉もないよ…。」と苦笑いする。

「今日はいつもより頑張って特訓したから…疲れちゃって……これから宿題とかも頑張らないといけないし…。」
「へー…頑張るねぇ、勇気。偉い偉い。」
「…そう思うなら、手伝ってほしいけどな。」
「うーん…手伝うのはヤダけど…頑張ってる勇気の応援はしてあげよう!」
「応…援……?」


------


コンコン

「勇気ー!入るよー!」

そう言って俺の部屋に入って来た彼女は、アイスクリームやクッキーやらコンビニの菓子パンやら駄菓子やら――とにかく甘い匂いがする物をいっぱい抱えていた。
俺が「応援って…それなの?」と聞くと、ニコニコしながら「うん!」と頷いた。
それは、つまり「至福」であった。

「疲れた時には甘い物…でしょ♪」
「確かに頭の回転をよくするには糖分摂取っていうけど…食べすぎじゃないかな。この量は…」
「甘い物は別腹ですから!」

彼女は俺の部屋の小さなテーブルに「至福」を全て置くと、狙っていたであろうアイスクリームとスプーンを手にしベットに腰を下ろした。
そして、アイスクリームをスプーンで適度にすくい、幸せそうに口に運んでいた。

「あむ……うーん…幸せぇ…♪」
「…美味しそうだね。」
「勇気はまず宿題終らしてからね!」
「……その間に無くなってる気がするんだけど…。」
「しょうがないなぁ…。じゃあ、飴あげるね!」

「苺味だ!大事に食べるんだぞ!」と小さな飴玉の包みを一つ渡された。
少し理不尽な気もしたけど、俺は気にせず机に向かった。
何でかな。彼女の幸せそうな顔を見ていると、疲れが和らぐというか、こっちまで幸せな気分になるんだ。
意地悪な部分は多少あるけど、何だかんだで彼女は優しいからかな。


------


「……よーし…終ったぁー…!」

机に向かって二時間ぐらい経ったと思う。
俺は両腕を上にあげて引っ張るように背筋を伸ばしていた。
欠伸をしながら宿題のノートやプリントを鞄にしまうと一気に疲れた。

「ダメだ…眠い……。」

でも、飴玉のおかげで思った以上に集中できた。眠らずに宿題も終らせられたし、彼女には感謝しないといけない。

(そういえば後ろがやけに静かだな…。)

二時間近くも彼女はよく待っていられたなと思うと同時に甘い物は女性の時間を狂わせるだなとも思った。
俺は目を擦りながら後ろの彼女に声をかける。

「梓恩、ごめんね。今終った…よ…。」
「すぅー……」
「……。」

振り返ってみると、彼女は俺のベットで気持ちよく眠っていた。
どおりで静かなはずだった。
机をみると食べ物はほとんど消化されておらず、未開封の物が多い。もしかしたら、彼女は俺の為に残しておいてくれたのかもしれない。

「……あまい…。」

俺は彼女を起こさないようにテーブルの上にある物をいくつか開けて口に運んでみた。
辛い物好きの俺にとったら、甘い物だらけのこの卓はある意味ご都合主義の塊かもしれない。
まぁ、彼女は悪気があったわけではないし、俺の為に用意してくれたのだから文句は言わない。
それに…――

「すぅー…」
「……。」

気持ちよく寝息を発てている彼女を見ていたら、俺は口は自然と緩んでいた。
これって要するに、俺は彼女に対して怒っているわけではということだと思う。


------


チッ…チッ…チッ…

「……もう11時…かぁ…。」
「すぅー…」
「……。」

でも、俺はこれからどうしようか。彼女がいたのでは、俺はベットでは寝れない。
ここは俺の部屋で、彼女が寝ているのは俺のベット。
本来俺が困るというのはおかしいのにな。
というか、彼女にも家があるわけで、いくら俺の家の隣で親しいからって、こんな夜遅くまでいていいはずもない。

(さすがに…おばさんにも心配かけちゃうだろうし…。母さんも何か言ってくるだろうし…。)

俺は仕方なく彼女を起こすことにした。

「梓恩、起きて。もう11時過ぎだよ。」
「ん……」
「自分の家に帰らないとおばさんが心配しちゃうよ。」
「んん〜……」
「梓恩」
「……………………あと5分だけ…。」
「……。」

ダメだ。起きない。
彼女に声をかけても体を揺すっても、彼女には起きる気がない。

「梓恩…いいかげんに起きてって…!」
「………」

俺はさらに強めに彼女を体を揺する。
明日のことを考えると俺は早く寝なくてはならない。朝練があるし、それでなくても学校には授業で行かなくてはならない。
これ以上彼女がいれば、俺が寝るのがどんどん遅くなる。
俺が少し慌て始めると、さらに追い討ちをかけるように彼女がこう言い放った。

「……キスしてくれたら、起きる…。」

と。

「……。」

敢えて言う。いや、言わせてください。
これは寝言です。寝言なんです。

(……き…キス…。)

俺はその言葉に熱くなった。彼女から少し離れて、口をパクパクさせてしまった。
頭の中で考えれば考えるほど俺の思考回路が壊れていく。明らかに動揺してしまったのだ。
彼女が言った言葉を俺は受け止められないでいた。
なぜなら彼女が言ったことをやるのは俺であって、つまりは、その、俺と彼女がするんだ。キスを。

(……ど…どうすればいいんだぁ…!おおお俺…ききききき、キスなんて…やったこと…ないし…!)

混乱していると俺は、躊躇うことなく一度冷静になることを選ぶ。大きく深呼吸をして現状を見直す。
自分がしやすい解釈をする。いや、せざるおえないこの場合。

(落ち着くんだ…!相手は梓恩だ…梓恩なんだ…!)

ああ、そうだ。彼女は俺を困らせるのが得意だった。俺がそういうことができないと思ってるんだな。
確かにこの動揺からわかるように、俺には彼女を襲うとか彼女に不埒な考えを持つとかなんて――そんな度胸ない。
でも、このままじゃ俺は寝れない。

「……き…キスしたら…起きる、の…?」
「…うん。」
「…ほ…んとうに…。」
「……うん。」

俺は再度彼女に確認をとる。彼女はとても気怠そうな、まだ夢の中なのかゆっくりな口調で求めた。
俺は意を体し、彼女の方へ近づく。そして、ベットに腰を下ろして彼女の顔をマジマジと見る。
長い睫に白い肌、柔らかそうな唇――俺の心音が小刻みに走り出す。
そして、俺は顔を彼女へと近づけた。唇に近づくにつれて彼女の寝息がかかり始める。

(梓恩って……何だか甘い匂いがする…。さっきアイス食べてたから…かな…。)

ふと、そんなことを思いながら俺は目を閉じた。
どれくらいで彼女の唇なのかなんて今の俺にはわからない。
でも、心音の走る音が早くなるということは、それだけ彼女に近づいているということであろう。
でも、その心音も――

「……ゆ…うき…」
「……え…?」

突然急ブレーキというものをかける。
俺が目を開けると彼女の顔が拳一個分の距離にあった。寸止めだった。

「……」
「……」
「……おはよう…。」
「……お……おは…よう…。」
「……」
「……」

俺の心音は一時止まっていたけど、今の状況に暴走寸前だった。
手が震えて、体が熱くて、目尻も熱を帯びていた。
彼女も、この状況に少し動揺していた。
とりあえず俺は上体を起こして、ベットからゆっくり離れた。彼女もゆっくりと上体を起こして身だしなみを整えた。

「……か…帰るね…!」
「……あ…うん…!」
「……ご…ごめんね、寝ちゃって…!」
「い…いいよ…別に…!」
「……」
「……」
「……」
「……」

劫に静寂が続いた。しかも、重く沈むような静寂が。
でも、刹那にして、それは崩れた。

「……ねぇ…しようとしたでしょ?」
「……何を…」
「キス」
「……だだだだだだって!梓恩が!梓恩がぁあ!」

俺は彼女の一言に勢い猛とはほど遠い感じで強く叫んでしまった。

「…ぷ…ふははははははっ!」
「…し…梓恩!」
「あははははは…はぁはぁ…あははははっ!」

そしたら彼女は小刻みに震えながら、呼吸が乱れながら、大笑いしていた。

「……ひ…ひどい…。」
「あはは…ご…ごめんごめん!許してよ!」

そして、俺は部屋の隅っこで小さく丸くなっていた。
泣きそうになる。情け無い。本当に。
でも、寝言だろうと何だろうと、言い出したのは彼女であって、俺が自分の意志でやったわけではない。
俺が怒る理由もわかってほしい。
まぁ、最終的に、俺から彼女の唇を奪おうとしたのには変わりないけれど。

(一瞬でも梓恩に惹かれた俺が馬鹿だった…。)

でも、ずっと不貞腐れているわけいかなかった。
だって――

「……今度は…ずるしないから…許して。」
「……。」

彼女がもう帰ってしまうのだから。
俺の耳元で囁かれた少し甘い言葉。耳を疑ったけど――

「じゃあ、今日はごめんね!また明日にでも顔出すから!」
「あ…うん……」

彼女が最後に見せた顔が、少し鼻や頬を赤らめて何処か恥ずかしそうにしている、でも、してやったみたいな笑みも浮かべている仕草が――俺の目を奪ってしまって聞き返すのを忘れてしまっていた。
階段を下る足音が遠くなっていく。

「……。」

すると、俺は今日一番のしまりの緩い顔をした。
そして、俺は彼女を見る感じがいつもと違うことに気づいたんだ。
今までで口元が緩むことは何回もあったけど、胸がくすぐったくなることや彼女を「可愛い」と思うことはなかった。
要は、それって――

(俺が…梓恩に惚れたってことかな……あははっ…!)

自覚してしまうのが恥ずかしい。この上ない幸福。
「至福」の感情なのかもしれない。




END



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立向居君の純真無垢な感じが堪りません!!
涎が出てしまいます。あの純粋さを穢したら…どうなるんでしょう。笑;

…また変態を出してしまいました。五月雨梓恩です。
本当は立向居君に押し倒される話でも書こうと思ったんですが……立向居君は自爆タイプっぽいのでやめました。
若干へタレっぽくなってしまいましたが…まぁ、立向居君のテンプレは恥ずかしがり屋さんなのでいいような気がします。
でも、いつかは変態チックな立向居君にも挑戦したいです。

それでは失礼します。

(2009/12/27)


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