『俺らはさぁ。神様が間違えて作っちゃったモンなんだよね』
コーヒー牛乳を飲みながら我が物顔でワゴンに乗ってきた刃に狩沢が興奮したようにはしゃいだ。
……刃がワゴンに乗ってることについては誰もツッコまないのか。俺がツッコまなきゃいけないのか。
「なになに?刃くん遅めの青春?中2病みたいだよ!」
『いやぁだってさぁ。そう思うだろ?なぁ門田?』
俺に振るな。
『だって俺らは三人で一人なんだぜ?一つの身体に三人分の魂が入ってる。おかしいだろ?間違ってるだろ?嫌いなものも苦手なものも好きな人も違うのに……なんで俺らは一人なんだ?』
「そうだね。凉梨はイザイザのことが好きだけど刃くんはセルティのことが好きだもんねっ」
ぶーっ!!っと飲みかけのコーヒー牛乳を刃が吹き出した。
ワゴンが汚れる……。
『な……っ!セルティのことすっ、すっ、すっ……好きって!』
「あれ?図星っすか?」
刃と遊馬崎の言葉に俺は少なからず驚いた。
そうか……刃はセルティのことが好きなのか。
……。
なんだ。この可愛い娘に彼氏ができた親の気分。
刃は身体は女でも精神は男だし、この感情は正しくはないのかもしれないが。
『てゆーかそういう“好き”じゃないしっ!!セルティのことは気に入ってるけど……そういう好き、じゃねぇんだよ』
少し沈んだ様子で呟く刃。いつもテンションが高めのこいつには珍しい。
たしかに刃の“好き”はライクでもラブでもない。だいたいこいつは俺にも狩沢達にも“好き”って毎回のように言っている。セルティだけが特別好きってわけじゃないんだろう。
『……セルティの気持ち、分かるんだ』
前の座席に顔をつっぷして刃は呟く。
『俺らは“間違い”だから。いつか“修正”されちまうんじゃないかって。一人が三人の棚戸三兄弟はいつか凉梨一人になっちまうんじゃないかって。俺や薫は――……消えちまうんじゃないかって』
俺らは黙ってそれを聞く。
それ以外できない。こいつの恐怖は俺らには理解できない。
だって刃の気持ちは刃のものだから。
『仕事でさァ。“死にたくねぇ”なんて言葉、腐るほど聞いたよ。でも……俺も…』
刃の顔は見えない。でもこいつは絶対泣いてなんかいない。
強いのか、弱いのか。
刃はどんなに辛い顔をしてもどんなに泣きそうな顔をしても決して泣かないのだ。
それが強いのか、弱いのかはわからない。
『……――消えたくねぇよ……』
俺は黙って刃の頭に手を置いた。
刃は肩を震わせている。
泣いたほうが、楽だろうに。
「刃……」
『神様って残酷だなァ……』
呟かれた言葉は、きっと俺にしか聞こえなかった。
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