凉梨の着替えを持っていくために、俺は池袋に来ていた。

俺の、折原臨也のマンションは新宿にあるから、新羅のマンションまで歩かなければならないのだ。

大きなバック(スポーツ選手が使うような)を持って歩く俺はかなり目立ったが、凉梨が怪我をしたのは半分以上俺のせいなので自業自得と考えよう。

シズちゃんからの電話のあと、首と共に帰ってきた波江さんからも話を聞いた。

波江さんが何か隠しているのかかなり曖昧な説明だったけど(彼女らしくない)一連の流れは理解できたので良し。人生妥協が肝心。

妥協は良い言葉だ。諦めよりも良い言葉だ。

だってそれを使うとあたかも自らの意思で物事を捨てたみたいじゃないか。

本当は、自ら望んで捨てられる大切なものなんて(それが大切であればあるほど)ないのに。

捨てたあとにたっぷり残された未練を納得させるために、人は妥協という言葉を使う。

諦めたんじゃない。妥協したんだ。ってね。

それは諦めとどう違うのかなぁ?

「なるほど。おもしろい意見、いえ。地獄ですねェ」

……?

突然声がする。

嵐のように唐突に。

「突然後ろから聞こえた声に驚いて振り向く。キミのその当たり前の行動に、どれだけの地獄が始まると思いますか?」

その言葉に振り向こうとした俺の身体は硬直する。……地獄?

「人の合縁奇縁は地獄でしかありません。
人間関係を築くことはなるほど素敵なことですが同時に地獄でもあるのです」

声からして女か?

「だからキミが振り向こうとすること。私と“少しでも関係しようとすること”。それは地獄の始まりでしかないのです。地獄が狂喜乱舞です。貴方にその覚悟があるのならどうぞ振り返って下さいよ。折原臨也くん――」

名前を呼ばれたところで振り返る。

目の前にいたのは、予想通り女だった。

しかも二人。

一人は茶髪のボブカット。ナイスバディだが気弱そうな外見に、目をうろつかせる仕草が……なんというか。特殊な趣味の方には受けるんだろうな、と思う。

二人目はスーツに白衣。切りっぱなしの黒髪。居抜くような目付きの悪さ。味気ない服装とそっけない黒いヘアピンが美容と人生に関するどうでもよさみたいなものを表していて、なんだか棚戸三兄弟に似ている。

……棚戸三兄弟に?

まさか。あの子達に似ている人間なんているはずがない。

あいつらは三人が三人とも違う人間だからこその棚戸三兄弟だ。
だから、彼女達に似た人間なんて。それこそ。

――親、くらいしか。

「私の正体が気になりますか?」

黒髪がにやりと口角を上げるが目は全く笑っていない。

「その気持ちも地獄だというのに。人間って不思議ですねェ」

そして彼女は胸に手を当てた。

「私は素坂迷理。す、さ、か、め、い、り、でーす。よろしくねーん」

素坂迷理?



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