『――いったいどこに向かっているんですか、師匠?』

十字架が大きくプリントされた半袖シャツ。おしゃれなネクタイ。ショートパンツ。黒いブーツ。長い髪を上の方でお団子にして――そして、両目を覆うフレームが無いタイプのサングラス。
あたりはうっそうと草木が生い茂る山の獣道。少女の恰好は遠目に見ても山道を歩くのに適しているとは言えなかった。しかし下に生えるペンペン草を踏みつけて上に塞がる木の枝を払う仕草に淀みはない。運動神経その他が異常に長けているのだ。
なぜならこの少女は――、

『師匠。黙ってないで答えてくださいよ。さっきから人のことじろじろ見て。前の崖に落ちますよ?』
「この山に崖は無いよ。事前に調べたんだから」
『知ってますよー』


キツめの言葉とは裏腹に少女はにこにこと笑っている。この獣道に入って随分と経ったのだが今だに息を切らす様子すらない。その化物的体力には自分の嫌いなシズちゃんを思い出して嫌だ。

――俺はご存知素敵で無敵な情報屋。折原臨也だ。そしてその自分を『師匠』と呼ぶこの少女は棚戸凉梨。一応俺の……

「弟子……なのかな……?」
『はい?』
「凉梨達の話」
『ああ……。僕は師匠の弟子です。弟子です。三度言っても足りないくらい弟子ですよ?でもおにーちゃんとおねーちゃんは違うですよ?』
「刃くんに薫ちゃんか……確かにあの二人については俺も持て余してるところがあるからなぁ」
『僕は制御できてるとでも?』
「いや、まさか」

俺は、ふっ、と自虐気味に笑って獣道を歩いていく。
凉梨の前に立って、(それが無駄な気遣いであることを分かっていながら)凉梨が歩きやすいように枝や草をできるだけ払ってやる。他の人なら絶対そんなことはしない。そういう意味でも凉梨は確かに俺の弟子だった。

『“ああまた一輪、兵隊が花を踏みつけていく……”』
「?なんの話?」
『私の好きな歌詞の一節ですよ』
「……」

凉梨は天然だ。

しかも鈍感だ。

天然だから、意図せず他人を傷つけるし、鈍感だから傷つけたことにも気付かない。

だから思ったこともずけずけ言う。

彼女に付き合えるのはシズちゃんや俺みたいに絶対に傷つかない人間か正臣くんみたいに傷ついても相手を許せる人間くらいだ。

そして思ったことをずけずけ言う。ということは時折凉梨はすごく正直者であるということだ。今の発言も、裏表無く本物。そして俺の勘違いでなければ凉梨は今から俺達が行うことを知っている。

“兵隊が花を踏みつけていく”。

なるほど。言いえて妙だ。

俺達が今から行う行為は、兵隊が可憐な花を踏みつける行為に等しいのだから。



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