部屋から飛び出した薫ちゃんの去る音を聞きながら、俺は原因である司を横目で見た。
気持ちはわからないでもない。
これから起こる事件も何もかも、知っているのに平気な顔をしていられる司るは常軌を逸している。
池袋のメンバーの中じゃ比較的常識人の薫ちゃんは、司のことが理解できないのだろう。
しかし薫ちゃんのそんな気持ちさえも司は知っている。
知っているのに理解していない。
だから腹立たしい。
「その通りだよ、臨也くん。
薫ちゃんに限らず俺が誰かの気持ちを理解できたことなんてないさ」
「だから怒ってるんだよ。
薫ちゃんも、舞ちゃんも」
「うーん、でも治す気ないからさ」
あっけらかんとした笑顔で、あくまでも我を貫く姿勢の司。
まったく、言う言葉もない。
「司くん、これからの事件、防げるの?起こるの?」
サイケはサイケで能天気な顔で司に質問している。
するとさっきは飄々とした態度だった司は、真面目な顔で、
「わからない」と言った。
「例えばここに、りんごが置いてあるとするだろ?」
机を叩く。
「それをサイケちゃんが、手に持つとする」
「うん」
「そして手を離す。
どうなる?」
「落ちるね」
俺の脳内には床に落ちて果汁を飛ばすりんごが浮かんだ。
「俺が“りんごが落ちる未来”を変えようとするなら、“りんごから手を離すサイケちゃん”を止めるしかないわけだ。
もしくは、落ちる途中のりんごを手で受け止める、とかね」
「うんうん」
「でもサイケちゃんを止めても、りんごは風や地震で、結局は落ちるかもしれない。
俺が止めるのも聞かずにサイケちゃんはりんごを落とすかもしれない。
未来ってのはそういうものさ」
「さっぱりわかんないよ!」
あはは、と司はそんなサイケの頭を愛しそうに撫でる。
「つまり、未来は変えられないことのほうが多いのさ」
そう言うと司は「よっ」と足を伸ばして、ドアに向かった。
「……薫ちゃんを連れ戻すのか?」
「妹を束縛する気はないよ。
俺は妹だけは死ぬまで自由にさせる。
他は知らないけどね」
その妹の死すら司は視えている。
やるせ無い話だ。
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