「何言ってんの、ダメだよ凉梨。ここを殺人現場にしないでくれる?」

折原氏は普通にいさめると、テーブルの上のコーヒーを飲んだ。

恥も外聞もなく私は折原氏に視線をやる。助けてくれ!!

「あ、凉梨。砂糖切れたから買ってきてくれない?」
『……はい。わかりました』

棚戸凉梨は私の首から足を離した。

ずるずるずる、と私は壁に支えられながら床に座りこむ。

「が――ッかはっ――か――」
『新聞記者さん』

その声は絶対零度。
氷水に手を入れたときのように刺すような冷たさがあった。

『これに懲りたら二度と僕を怒らそうとしないことです』

棚戸凉梨は、静かに私から去ると、ドアを開けて出ていった。

ドアが閉まる音と同時に、尋常じゃない汗と涙が出た。

なんだあれは。

例えるなら、まさに獣だ。

猛獣の前に放り出されたような本能的な恐怖があった。

刺すような声も、視線も、攻撃も、

怖い。怖い。怖い。

「あー。珍しいんですよ?凉梨があんなに怒るなんて。貴方、なに言ったんですか?」

蹴られた衝撃でまだ本調子じゃない喉を必死に動かして、折原氏に説明した。

「バーチャルネットアイドルたなとすきゅん?
それは怒りますよ」

折原氏は、冷笑した。

「しっかし、まだ根に持ってるんだ。凉梨。
バーチャルネットアイドルのことなんてとっくに忘れたと思ったのにね」
「……――?」
「――“悔しいなぁ”」

折原氏は、「あははははははははっ」と、いきなり笑い出した。

「複雑な気分だよ!

凉梨が“バーチャルネットアイドル事件”をまだ根に持っていたから?

見知らぬ他人に凉梨の怒ってる表情を見られたから?

珍しく凉梨が怒ってるところに立ち会えなかったから?

――どれも正解。
“だから”俺はこんなに複雑な気分になってるんだ」

くっくっと堪えるように小さく笑って、折原氏は床に転がる私を横目にソファに座って、足を組んだ。

「さぁ記者さん?俺にはどんな質問をするんですか?
俺は質問には優しく答えますけれど、それは“凉梨の俺しか知らなかった表情を見られた嫌悪感”から来る皮肉だってことは――ゆめゆめ、承知してください」

……もう嫌だ。帰りたい。



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