:9:泉視点(柊海)
「あっつー…」
ジリジリとグラウンドに反射した光が下から襲ってくる。
野球帽は上からの熱は守っても、下からの熱は守ってくれなかった。
噴出してくる汗を袖でぬぐう。
真夏の練習がこんなにもきついとは思っていなかった。
冷たく冷えたドリングが全身に染み渡る。
「生き返る〜」と高野が言った。
俺もその通りと頷いた。
視界の端で小都先輩がうちわで風を送ってくれている。
たまに、浜田と交代して仰いでもらっているようだ。
俺もそっちに行きたいのが本音。
少しでも風に当たって、涼しくなりたい。
「体調悪かったら言えよ!熱中症になったら冗談じゃすまされないからな。」
部長が大きく声を張り上げる。
確か、夏休みに入る前の全校朝会でも何人か倒れていた。
「はーまーだー」と小都先輩がうちわを浜田先輩に放り投げた。
そのうちわは縦に放り投げられたため、2年の先輩の背中に突き刺さるようにあたった。
小都先輩は「もう無理…」とイスに座ってグダグダし始めた。
こうなると、小都先輩は手に負えない。
「なんで壊れた私の扇風機。」
「お前のじゃねぇけどな。」と浜田が呆れたように言った。
実は扇風機が故障してしまった。
スイッチを押しても動かないため、修理に出されている。
「あ…」
ドリンクを飲もうとして、栓を引っ張ったが、出てくる気配はない。
もう一つのドリンクケースも空のようだ。
「もうないの?」と小都先輩が言った。
「………行くしかないのか………」
本当にめんどくさそうだ。
「行ってきましょうか?」と聞くと、小都先輩は目を輝かせた。
しかし、何か思い直して自分で行くと言った。
「じゃーちょっと行って来る。」
小都先輩は一度ドリンクケースを持ったが、また置きなおした。
どうかしたのかと見ていると、首をまわした後に気合を入れるように息を吐いた。
(具合、悪いのか…?)
すると、練習を再開すると号令がかかった。
だけど、何か引っかかってしまって、トイレに行くふりをして、先輩を追った。
校舎の裏を曲がると、小都先輩がドリンクケースを下に置いて、蹲っていた。
「!大丈夫っすか?」
声をかけると、「大丈夫。」と一言返ってきたが、立ち上がる素振りはない。
「持ちますから、無理しないで休んでください。」
「…皆熱くても頑張ってるのに、休むわけにはいかないでしょー」
「部長も倒れられちゃ、困るって言ってましたよ」と言おうとしたが、遮るように小都先輩がゆっくりと立ち上がった。
「後少しだし、やっちゃうよ。わざわざありがとう。」
橘先輩は頑固だ。
浜田との会話を聞いていて、よく思う。
今回も引かないだろう。
気をつけてくださいね、と声をかけようとした時だった。
「小都先輩!?」
あまりの衝撃に、そのときのことはよく覚えていない。
ただ、必死に小都先輩の名前を叫んで、助けを呼ぶことしかできないぐらい、テンパってて。
覚えてるのは、タイミングよく浜田と部長が駆けつけてきて、小都先輩を運んでいく風景と、
「ただの熱中症だ。」という養護の先生の声とそのときの
俺と浜田の安堵のため息が大きかったことだけだ。
(無理にでも休ませるんだった…)
部活が終わり、泉は小都が寝ている保健室に来ていた。
浜田は明日の試合の調整のため、早めに切り上げていた。
「家、わかるだろ?」と浜田に小都の送りを頼まれた。
なんで俺がと思ったが、帰り道が一緒なのは俺だから仕方がないとも思った。
俺はカーテンを開けた。
すると、音がしたのか、小都先輩が目を開けた。
「…小都先輩?」
眠そうな目がゆっくりと俺に焦点をあわせた。
「…Oh、マイエンジェル。」
「元気そうなんで、置いて帰っていいですか。」
俺の心配した時間を返してほしい。
起きて第一声がそれか。
「一人はいーやーだー。ごめんよ、泉君。怒らないでぇええ!!」
えぐえぐと泣くフリをして、布団を被る小都先輩に俺は本気で引いてしまった。
「…引くなし。」
「っ!」
小都先輩が布団からチラリと俺を見た。
その仕草が妙に可愛い。
本人がわかっていないから、さらに性質が悪いと思う。
「ひ、引かせるようなことするのがいけないと思います。…具合悪いなら、監督が送っていくって言ってましたよ。」
視線を先輩から外して、話題を変える。
そうでもしないと、顔が赤くなるように感じた。
「監督の車、タバコ臭いから嫌なんだよね…」と小都先輩が起き上がった。
顔にかかった髪の毛が邪魔なのか、耳にかけた。
たまに、先輩は先輩じゃなくなる。
どこか、大人びた仕草や表情をする。そのたびに皆の心臓が悪い音をたてる。
浜田はそうでもなさそうだけど、2、3年の先輩や俺たち後輩もたまに見惚れることがある。
でも、本当にたまに。
いつもはあんなだから(失礼)、そのギャップが激しいんだと思う。
小都先輩の家の前に着くと、自転車のカゴから先輩の鞄を取り出して渡す。
いつもの流れで、ただ、浜田ではないから「ありがとう。」とお礼を言われた。
なんかくすぐったかった。
それで、さよならしようとしたが、「あ、そうだ!!」と小都先輩が俺に声をかけた。
またくだらないことだろうとため息をつきながら、小都先輩を見た。
「別に泉君のせいじゃないから。」
最初は何を言われているのかわからなかった。だけど、
「これは私の管理能力面が劣ってただけ。」
だから、泉君が気に病むことはない。
面を食らってしまった。
たまに思う。
いつもふざけている先輩と真剣な目で俺を見てる先輩は同一人物なのかって。
「…今度は心配かけさせないでください。…じゃ。」
先輩はうんと笑顔でうなづいた。
まただ。
また、キラキラが跳んできた。
「じゃーねー!!」と腕が切れてしまいそうなほど手を振って、家の中に入っていった。
ふと、胸の辺りに上がっている手に違和感を覚える。
「何やってんだ、俺…」
小都先輩につられて自分も手を振っていたなんて、浜田が見たら大笑いするに違いない。
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