:7:(柊海)
学校というのは、慣れると楽しい。勉強はめんどくさいけど、友達と共に馬鹿できるのは最高の場だ。
しかし、学生生活には憂鬱といえるものが一つある。それは…
「はい。テスト一週間前突入です。イエイ!」
逃れろ赤点!の文字を掲げ、生徒のいなくなった教室で野球部はテスト勉強を始めた。
2、3年生は慣れているであろうテストだが、1年生は今回のテストが初めてとなる。
そのため、何をしたらいいか、最初は迷い気味だったが、それぞれ何か見つけたように勉強し始めた。
――のが、約10分前。今では、
「ぎゃははは!!あいつやべぇ!」
「昨日のドラマさぁ〜」
「ありえねぇ!!はは!」
テスト勉強に飽きた部員たちは最初は小声だったものの、今では盛大に話し出していた。
手元はプリントを持っていても、意識はもうそこにはない。
その瞬間、バリバリバリバリと不自然な音が教室に響いた。
その音に部員達の口は一気に閉ざされる。
その発信源をたどると、後ろの席を陣取っていた小都が手に何かを持っていた。
「うん。正常に動くね。ん?どうかしたの?」
「「いいえ、何も。」」
ザッという音と共に部員たちは前を向いた。
しかし、一年生たちは見てしまった。
あれはよく散髪するときによく見るものだ。
「通称、赤点のバリカン。」
泉の隣にいた浜田が小声で一年生に言った。
「赤点取ったら、連帯責任で一分刈り。運動部のほとんどがあのバリカンの手にかかる!
しかも、古いから、やり方によっちゃ、少し肌が切れる。」
そういや、サッカー部のやつらもそんなこと言ってたなと泉は思い出した。
「でも、今年は泉もいるし、もしかしたら逃れられるかも…」
「俺、ですか?」
2,3年の視線が泉に刺さった。それはもう、縋るような目で。
「髪がなくなりゃ、髪いじりなんてできやしねぇ。橘だって、お気に入りがいんだから、少し躊躇するはず…」
3年林の声に小都の地獄耳が反応した。
「はぁ?何言ってるんですか?林先輩。赤点が一人でもでたら、連帯責任一分刈りに決まってるでしょ?」
にこやかにこちらをみる小都。小都の手元では電気バリカンが景気のいい音をたてている。
準備は満タンと言わんばかりの微笑みと音に部員たちは口元が引きつり、希望はなくなったと机に向き直った。
「なぁ、高野、これわかるか?」
「あ〜そこな。俺もわかんねぇんだよな。」
二人で唸っていると、浜田から紙くずが飛んできた。
そこには『小都に聞いてみれば』と書いてあった。
小都を見ると、暗記物を淡々と覚えていて、少し近寄りがたい空気が流れている。
ずっと見ていたからだろうか、小都が泉にこちらに気が付いた。
おいでというように、小都が泉たちを手招きした。
「どうかした?」
「あ、ここがわからなくて…。」
私もここ苦手だったんだぁと小都が頬をかいた。
教科書をぺらぺらとめくり始めた。
「初めてのテストだもんね。緊張もするよねぇ…。」
小都はお目当てのページにたどり着くと、泉たちに視線を合わせた。
「なんか気が重いっすよ。はぁ、でも赤点は嫌だなぁ。しかも、バリカン…」
高野の視線は小都の後ろで充電されているバリカンに向いていた。
「そのほうが、私は助かる、かな。」
小さく小都が苦笑した。それに泉は首をかしげた。
「ほら、これから夏でしょ?熱中症で倒れられても困るし、髪の毛があるよりは涼しそうだし。」
できたよ、とページに付箋を貼った小都は教科書を泉に返した。
後は自分でやれということだ。
「あ、さっき言ったのは、皆には内緒ね?恥ずかしいから。」と小都が口元に人差し指を当てた。
その仕草に泉の心臓がトンと動いた。
泉は戸惑いながらも、「はい。」と答えた。
普段があんなだからわかんなかったけど(失礼)、やっぱりきちんと部員のこと考えてるんだと泉は思った。
しかも、若干頬を染めた小都の笑顔の破片がキラキラ(効果音)と泉たちに当たってるようだ。隣にいる高野が顔を赤くしている。
「それに、カツラも乗せやすいしね!」
「はい…え?」
泉は聞き間違えかと小都に視線を合わせる。
しかし、それは願わなかった。
「髪の毛があると、カツラのセットがやりにくいの。髪の毛が端からでちゃうからね!だから、坊主のほうが私としては大歓迎!」
前言撤回。
この人、部員の心配よりも自分の欲望取りやがった!!
「だから、大丈夫だよ!!」
「(何が!?)絶対、赤点とらないですから!!」
泉は小都に背を向け、高野と自分の席に戻った。
途中で後ろから舌打ちするような音が聞こえたけど…気のせいだと願いたかった。
ちなみに、今回のテスト、野球部は赤点者は誰もいなかったそうだが、野球部のマネジがすごい勢いで落ち込んでいたという。
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