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:5:(柊海)







「うわ。お前から先輩呼びされっと鳥肌がたつ。」


浜田が唸りながら腕を擦る。

こっちは緊張しながら『先輩』と呼んだのに。

恥ずかしながらも呼んだとのに!!

顔が赤くなっていく泉の頭にぽんと手が乗る。


「わりぃわりぃ。久しぶりだから、いじめたくなった。」

「なんつー悪趣味な…」


浜田の手をどかしながら悪態をつく。

「浜田ー!!こっちこい!!」と部員から声がかかると浜田は大きく返事をして、また後でなと言って、行ってしまった。

仮入部の俺たちは端に行き、練習を見ていた。

浜田はやっぱりピッチャーで小学校よりいいピッチングをしている。

「すげぇな、あの人。」と誰かが言ったのを聞いて、俺の先輩なんだぜとちょっとだけ自慢したくなった。


(にしても、俺たちどうすりゃいいんだ?)


見ているのもつまらなく、泉はグラウンドを見渡したときだった。


「こんにちわ。」


グラウンドに入って来たのは髪をひとつに結った女子だった。

体操服姿ということはマネジだろう。

マネジは俺たちを見つけるとすぐに駆け寄ってきた。


「君たち、仮入部の子?」


頷くとマネジは仮入部用の参加名簿を端のやつに渡した。

俺の番になると、マネジはきょとんとした目で見てきた。

何かしたのかと不安になる。

「君が泉君か!」とマネジは顔をほころばせた。

笑うと周りに花が咲き誇ったような感覚に陥る。

それほど、このマネジの笑顔はきれいだった。

だけど、なんで俺の名前知ってんだ?

泉がぎょっとしていると、マネジは苦笑した。


「驚かせてごめんね。浜田…君から可愛い子が来るよって聞いてたから。」

「(可愛い子だ?!あんの馬鹿!!)そ、そうすか。」


泉はピッチングしている浜田を思いっきり睨みつける。

その瞬間、浜田は暴投し、キャッチャーに怒られていた。


ざまぁみろ。



「いい素材してるわ〜…」


「え?」


「ううん。なんでもない。…入部、してね?」



マネジはそう言うと隣のやつに名簿を渡した。

入部という言葉に妙な感じを受けた。

言葉では言い表せないような、直感のようなものだった。

簡単な説明の後、監督と顧問、部長とマネジが紹介された。


マネジの名前は『橘小都』。


中学2年で浜田と同じクラスだった。

今日は初心者もいるということで、キャッチボールをした後、俺たちは練習の見学と球拾いを中心に活動した。









帰り、浜田に声をかけられ、一緒に帰ることになった。

「浜田〜帰ろう〜!」と後ろから声をかけてきたのはマネジの橘先輩だった。


まさか、浜田の彼女…?


だとしたら、俺、邪魔じゃないか?



「違うから。私は浜田の彼女じゃないよ。」



橘先輩はちょっと不機嫌そうに言った。

泉は顔に出ていたと感じ、顔を赤くした。

浜田は「お前、そんなこと考えてたのかよ」と笑った。



「途中まで一緒だから送ってもらってるだけ。」



橘先輩は浜田のチャリの前カゴに重たそうな鞄を入れた。

下には浜田のもあり、つぶれていたけど、もう慣れているのかなにも言わなかった。


「そう!それに、俺がこいつの彼氏?ないない。泉、こいつの本ぶっ!!!」

「わ、ごめん。虫がいたように感じたんだけど…違ったみたい。」


浜田に顔面に橘先輩のパンチというか平手っぽい攻撃が入った。

あまりに素早い攻撃に泉は怯えながら二人を見た。


力入れ過ぎちゃみたいで、ごめんね。痛かったでしょ?と橘先輩は浜田の目の前に立った。

その声は決して心配しているものではなく、威圧感というか脅迫というか…


「わ、わざわざサンキュな。お小都…。」


浜田が若干怯えているように見えるのは気のせい…じゃないが、ここは無視しておこう。



(ぜってー巻き込まれる。)



昔から、問題をかかえていそうな浜田と関わると面倒ごとに巻き込まれることが多かったのを体は覚えていたらしく、助けを求めている浜田の雰囲気に気づかないフリをした。

とりあえず、このマネジ、橘先輩は怖がられてる存在なんだとわかった。








あれから一週間がたった。

朝練にも参加するようなった俺は待ち合わせをしたわけでもなく、浜田と共に部活に行く。


「おーすって…泉、前髪ひでぇな。」


泉が押し付けるように前髪を撫でる。

撫でても撫でても、浮き上がってくる寝癖は頑固として整う気はないようだ。


「寝癖…なおらねぇ…」

「そして低血圧ですか…」


出てくるあくびを押しとどめながら自転車をこぐ。

別に低血圧になったわけじゃない。

部活や慣れない授業に疲労が溜まっていて、いつもの睡眠時間じゃたりないのだから、しょうがない。

隣りで浜田も眠そうにしているが、自分ほどじゃない。



「…」

「?泉どーした?」

「なんでもないっす。」



泉はペダルを勢いよくこいだ。


(俺って『お子様』…)







部室に着くとすでに橘先輩や三年生がいた。

挨拶をすると、橘先輩は驚いたように目を見開いた。


(やっぱ目立つよなー…)



泉は恥ずかしさを感じながらも練習着に着替える。

ちなみに、橘先輩は男子が目の前でトランクスになろうと裸になろうと関係ないらしく、机に向かって黙々と作業をしていることが多い。

だが、今日はこう、視線を感じるのだ。

泉は居たたまれなくなり、小都に向き直った。



「なんですか…」

「泉君、ちょっとこっちおいで。」


ずっと俺を見ていた橘先輩がちょいちょいと手を招く。

鞄をごそごそとかき回すと、橘先輩は俺の前髪に手を伸ばした。

前髪を上に持ち上げ、ちょんまげのような形になるのがわかった。


「ちょ!先輩、何して…」

「いーからいーから。」


橘先輩は嬉々として答えてくる。


(遊ばれてる、俺。)


それにしても、と泉は思った。


(橘先輩、髪の毛触るの上手いんだな…気持ちいい。)


たまに地肌に感じる指の動きや軽く引っ張られる髪が気持ちいい。

泉はもう抵抗することなく、その場でぼーとしていた。

そして、後から抵抗しておけばよかったとシミジミ思うのだった。



「完っ璧!」



小都がガッツポーズと歓喜の声をあげながら、キラキラした目で泉を見る。

その場にいた浜田やほかの先輩たちが哀れんだような、そんな目で泉を見る。

嫌な予感がびしびしと伝わる中、小都から手渡された手鏡を見てみる。


「っ!!!!」


泉は鏡に映った自分の姿を見て、絶句した。

はねていた前髪が赤いイチゴの飾り付きのゴムでひとつにまとめられ、頭を動かすたびに小さな飾りが揺れる。


「俺の目に狂いはなかった。」


浜田が憐れみの視線を泉に向けながら軽く手を肩に置く。

先輩たは隠し持っていた携帯で憐れみながらも、写真を撮ってくる。

助けるとかそういう考えはまるでない。


「これからよろしくねっ!!」
「意味がわからない。」


小都に手をがしっと掴まれて泉は思ったことをすぐさま口にした。

嫌な予感しかしないのだ。


「浜田ったら何着させても全然可愛くないんだもの!その点、泉君なら平気ね!!」

「着させ…?平気…!?」


小都から出てくる言葉に困惑する泉の思考回路。

「おい!練習時間だぞ!」と部長が言った。


「あ、用具の用意がまだ済んでないんだった!じゃ、泉君。また今度ね!!」


橘先輩は俺の髪の毛を掴むとゆっくりと髪飾りを抜いていった。


「泉…耐えろよ。」


隣にいた浜田が俺に声をかける。


「…おう。」


なんとなくわかってしまった。


「橘先輩って…」

「それ以上いうなよ。あいつ、地獄耳だから下手したら聞こえる。」


浜田が重いため息をつきながらグローブを掴む。

泉も放心状態に近かった体をゆっくりと起き上がらせた。



「…練習、がんばろう。」



まだ俺は何もわかっちゃいなかったんだ。

橘先輩の変な行動がまだ序の口だっただんて…







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あきゅろす。
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