へるぷみー!(竹谷・三郎)
「ぎゃああああ!!!」
授業も休みでのどかな昼下がり、全く似ても似つかないような声が五年長屋に響き渡った。
「どうした弥江!」
「何かあったのか!?」
悲鳴を聞きつけ慌てて三郎とハチがやってきた。俺は二人を見て一気に涙が込み上げてくる。
「む………むむむ」
「む?とりあえず、一旦落ち着け」
必死に伝えようとするが上手く口が回らない。
俺に向かって手を振り上げた三郎の後ろに、黒くモゾモゾしたものが動いたのを俺は見逃さなかった。悲鳴と共になりふり構わず三郎に思いきり抱き着く。
「ひっー!こっち来んなー!!」
「それは私の台詞だ!」
すかさずバシッと頭を叩かれたけど、生憎俺は今そんなの気にしてる場合じゃない。
「無理無理、無理だってあんなの。ありえないって」
「だから何がだって聞いてるだろ」
既に涙目な俺の視界には、まだあの黒くてうねうね動いてるヤツがぼやけながらも入ってる。気持ち悪さのあまり涙目所か鳥肌まで立ってる有様だ。三郎は呆れたようにため息をつきながらも俺の頭を撫でてくれた。あぁ、三郎、お前のその優しさに惚れたらどーしてくれんだよ。
俺が危ない道に走りそうになってるなか、キョロキョロと部屋の中を見回してたハチは閃いた時のように両手をポンッと打った。
「あーなるほどな」
「何がなるほど、なんだ?」
依然頭を撫でてくれているまま、三郎は顔だけをハチに向けた。ハチはニカッと笑って部屋の隅を指差す。
「ほら、アレ見ろよ」
「あれは……ただの百足じゃないか」
(ただの百足だって…!?三郎にはアレがどんなに気持ち悪くトラウマ性を兼ね揃えているか知らないからそんなことが言えるんだ!)
なんでもないように言う三郎に、弥江は早くも殺意が芽生えた瞬間だった。
「あ、こっち来た」
「ひっ!!やっやだぁっ!来んなーー!」
ハチの声にヤツが巨大化して迫ってくるという何ともグロテスクな妄想をしてしまい、これでもかと言うくらい三郎を強く抱きしめる。とにかく今は怖くてしかたないんだ。後でからかわれたとしても…それはそれでしかたない!流石に力を入れ過ぎたのか、元々三郎が細いため抱き着きやすいのも相俟って小さい呻き声が耳元に聞こえてきた。
「く…るしいんだが」
「ごめん、でも無理、離れられない」
三郎にはヤツがいなくなるまで我慢してもらおう。今も頭を撫でてくれてる三郎の手に何とか意識を集めつつ、ハチの笑い声が痛いくらい耳に響く。何笑ってんだコノヤロー。
「あははっ、弥江は本当に虫が苦手だよなー」
「これはもう苦手ってレベルじゃないだろ」
「それが分かってるなら早くあの黒くて気色悪い化け物をどっかにやってくれよ!!」
呑気に笑いあってる(三郎は呆れも入ってるかな)二人に涙目ながらに訴える。そんな俺の必死のお願いも奴らには全く聞き入れてもらえなかった。それどころかハチに限っては顔を押さえて泣き真似までしている。正直体格が良すぎて全く可愛くない。
「化け物って……酷いじゃないか、アイツはオオムカデのムーちゃんって立派な名前まであるのに」
「げっ」
「知るかぁ!てかやっぱり原因はお前がハチぃいい!!」
名前まである、ってことはヤツは生物委員会の虫ってことになる。つまり逃げてきたのが生物委員のハチの部屋で、同室の俺に被害が及んでる、と。……先生、俺部屋変えしたいです。三郎も流石にこれは俺に同情してくれたのか、ギュッと抱きしめ返してくれた。
「……私今、八左にどん引きした」
「なっなんでだよ!引くことないだろー!」
「普通引くだろ。何だよムーちゃんって。一年が呼ぶならまだしも、お前はないわ」
「三郎、お前は俺が傷つかない人間だとでも思ってるのか?そうなのか?」
俺を挟んで交わされるやり取りに苛々はどんどん溜まる。今はハチなんかどうでもいいんだよ。問題はそこじゃないんだよ。
「何でもいーからさっさとその化け物をどっかにやってこーい!!!」
この時、本日二度目の叫び声が五年長屋へと響き渡ったのだった。
(三郎、俺もうお前に一生ついてくからさぁ、今夜から夜を共にしようぜ)
(気持ち悪いうえに邪魔だから却下)
(……ぅわーん!雷蔵ー!!)
(雷蔵も私と同室だ!兵助んとこに行ってこい!)
(え、何、俺一人部屋決定?)
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