頼れるお父さん(留三郎)
「ぅわっ!?」
何なんだ、今日は雨じゃなく釘が降ってくる日なのか…?
突然避けろという声が聞こえ、咄嗟に後ろに跳び退けば先程までいた場所に大量の釘が落ちてきた。何本かは地面に刺さっている。あのまま避けられなかったらと思うと血の気が引く感じがした。文句の一つでも言ってやろうと上を向けば、心配そうにこちらを見ている用具委員長の食満留三郎先輩を見つけた。
「おーいそこの奴、怪我してないかー?」
「あっはーい、怪我はしてませーん。でも危ないじゃないっすかーー!!」
片手をブンブン振って無事だと知らせると、食満先輩はホッと安堵したのか珍しく眉尻を下げ力無く笑った。正直笑い事じゃないんだけど、と文句が出そうになるが、何となく言い難くなってしまう。
「悪かったなー。んで、悪いついでに頼みたいんだがその釘、ここまで持ってきちゃくれねーか?」
片手を顔の前に出し、頭を下げて謝りながらもう片方の手で近くにある梯を指差した。普通は嫌だと断るところだけど…相手は用具委員長だ。会計委員としては少ない予算で学園を修理してくれる用具委員にはとても感謝している。仕方ないかと思い分かりましたと答え、落ちていた釘を回収して梯を登る。片手で登るのは少し怖いがそんなことも言ってられない。縄ばしごじゃないだけましだ。
「持ってきましたー」
「おぅ、ご苦労さん」
残り二、三段というところで声をかければ、梯を押さえてくれていた食満先輩に腕を掴んで引き上げられた。一瞬浮いたような感覚に、先輩の力強さを実感する。そのまま先輩は釘を受け取るとぺたぺたと俺の体を調べるように触ってきた。
「なっ、何ですか、いきなり」
「何って本当に怪我ないか調べてんだよ、今触られて痛いところはなかったか?」
「ありませんけど…」
何か、焦ったこっちが馬鹿みたいだ。先輩は最後に俺の足をパシッと叩き大丈夫みたいだなと言えば釘を持って木材のある場所まで移動した。とりあえずすることもないのでそちらへ近付いてみると、大きな穴が開いているではないか。
「あぁ、なるほど。先輩は此処修理してたから釘なんて危ない物降ってきたんですね」
「…まぁな、一人でやってると細かいことまで気がききにくいんだ」
「他の委員はどうしたんですか?作とかしんべヱとか他にも居ますよね?」
「あー、アイツ等にはこういう場所のはまだやらせてねぇんだ。ただでさえ危ないって分かってんのにみすみす怪我させるような真似できねぇからな」
話している間にも食満先輩は器用にトントンと木づちで穴に板を打ち付けていく。
(流石用具委員長、手慣れてるなぁ)
俺は折角来たんだし手伝って行くか、と思い足元にあった木を手に持った。
「食満先輩、僕はどこやればいいですか」
「は?…じゃあそこの脆くなってる部分補強しといてくれるか?」
少し強引だったかもしれないけど、これくらい言わないと手伝うの断られそうだったし大丈夫だろう。木づちで指された所を見ながら分かりましたと笑顔で頷き、早速俺も言われたところの補強に取り掛かった。
「おっ、結構上手いじゃねぇか」
「そうですか?ありがとうございます」
暫くして空気が涼しくなりだした頃、やっと作業の音が止んだ。
「弥江ー、そっちは終わったかー?」
「はーい、終わりましたー」
持っていた木づちを側に置き、軽く伸びをしながら食満先輩の質問に答える。先輩はそれを聞くと小さく息を吐きながらゆっくり立ち上がった。自分も同じように立ち上がると、目の前には一面の朱色が広がっていて、思わず感嘆の声が漏れた。
「うわ、すげぇ」
平凡過ぎる感想かとも思ったけど、人間感動し過ぎると当たり前のことしか言えなくなるんだからしかたない。
「ぷっ、お前口が開きっぱなしだぞ」
「ぅえっ?み、見ないでくださいっ」
噴き出すように笑われ、急いで袖で口元を隠してみたが、先輩の笑いのツボに入ってしまったみたいで中々笑いを止めてはくれない。
「食満先輩〜、そんなに笑わないでくださいよ…結構恥ずかしいんすからねー」
「ははっ、悪い悪い。うし、じゃそろそろ飯食いに行くか。手伝ってくれた礼とお詫びも兼ねて今日は俺が奢ってやる」
「えっ、でも」
少し口を尖らせて言ってみたら予想外にも奢ってやるなんて言われた。まさかそんなこと言ってもらえるなんて思ってなかったので急いで首を横にふる。そしたらまたハハッと笑われた。
「手伝ったご褒美だ、遠慮すんな」
「はい。ありがとうございます」
うっかり素直に頷いてしまったが、なんだろうこの妙に頭の上がらない感じ。
…あ、そうか、父さんの雰囲気に似てるんだ。
そう思ったらしっくりき過ぎて逆にそうとしか思えなくなってきて不思議と笑いが込み上げてきた。
「ん?何笑ってんだ?」
「いえ、何でもないです。ねぇ食満先輩、もしまた一年とか三年にも手伝えない仕事とかあったりしたら呼んでくださいね。僕お手伝いしますんで」
そんな俺を訝しむように覗き込んでくる食満先輩に笑ったまま言えば、先輩は驚いたのか瞬きを数回繰り返した後さらに怪しむように目を細めてきた。
「あの面倒臭がりのお前が随分珍しいこと言ってくるじゃねぇか。そんなに飯奢って欲しいのか?弥江」
「あっ、バレちゃいました?」
「バレバレだ」
エヘッと笑えば、呆れたようにため息を付きながら頭をがしがし撫でられた。それはもう、毛根死ぬんじゃないかってくらいに。
痛いんですけど、と言ったら今度は優しく頭を撫でてくれた。
「しかたねぇ、また何かあった時はお前に頼んでやる。でも、その分しっかり働けよ?」
「はいっ!勿論です!」
「ははっ、返事だけは褒めてやる」
夕日を背に浴びた食満先輩は何だかやけに格好よくて、はにかむように笑った顔が妙に優しかったから、ついご飯目当てなのを否定しそこねたけど、今はそれでもいっかと思ってしまった。
(俺もこんな先輩になれたらいいな)
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