我らが会計委員長(潮江・田村)
「ねぇ文次郎先輩」
「何だ」
「もう後輩達が死にそうなんすけど」
机を囲んでいる後輩を見れば皆机に突っ伏している。その隣には重ねられた何冊もの帳簿と、確認済みの印が押された数冊の帳簿。明らかに終わっていない帳簿の方が多いのは一目瞭然だ。
一、三年は明らかに眠ってしまい、四年生の三木ヱ門でさえ辛そうに目を擦り何とか体を起こしながら頑張っているが、それでも時折机に頭を打ちそうになっている。今回は学園長の思いつきで一騒動あったこともあり、いつも以上に仕事が多かった。そのことだけで済めば頑張ってやる気にもなるが、例によって会計委員会での鍛練も普段通りに行ったので皆もう体力的に限界なのだ。流石にこれではまずいと思ったのか文次郎先輩は眉間に皺を寄せ筆を置いた。
「ったく、しかたない。弥江と田村で下の奴らを寝かせてこい。それが終わったらお前らも今日はもう寝ろ」
「えっでも帳簿はまだ」
「あとは俺がやっておく。さっさと置いてこい、バカタレ」
先輩が怠そうに首を回す度にゴキッとなる音に苦笑しつつ、俺と三木は分かりましたと言って後輩を抱え部屋を後にする。
「弥江先輩すみません、一年二人も持っていただいてしまい」
左門を背負いながら律儀に謝ってくるのは三木の好きなところの一つだ。
「いーよ、まだ一年は軽いし、俺の方が筋力あるからさ」
ヘラッと笑ってやれば、ありがとうございますと苦笑ながらに笑い返してくれた。これも三木の好きなところ。頼ってほしい時に頼ってくれるのは案外嬉しいもんだ。三人をそれぞれ長屋に戻し終え、体を軽く反らせばボキッと背骨が悲鳴をあげた。もう若くないのかなぁ俺。三木の方は欠伸をしながらもさっきよりは幾分スッキリした目をしている。
「さてと、俺らも寝るとしようか」
パンッと両手を合わせ言うと、三木は俺をじっと見てきた。なんだろう…俺何かしたっけ…?
「えっと…?」
「弥江先輩、まさかご自分だけでお戻りになるつもりですか?」
「へ?」
思わぬ言葉につい変な声がでた。
「惚けても無駄ですよ。これからまた委員会室に戻って潮江先輩を手伝うのでしょう?私もご一緒させていただきます」
「あー…ははは」
考えていたことをずばり言い当てられ、笑ってごまかそうにも黙って見つめられ(睨まれ)てしまえば何も言えなくなる。
(美形ってこういう時得だよなー…)
俺が折れるのにほとんど時間はいらなかった。
「はぁ、分かったよ。二人でまた手伝いに行こう」
「はい、そのつもりです」
……本当に頼もしい後輩だこと。
委員会をしていた部屋に戻れば黙々と文次郎先輩が作業していた。失礼しますと中に入ると驚いて先輩は俺達を見上げた。
「何だお前たち、寝るんじゃなかったのか?」
本当に意外だったのだろう。どことなく声が上擦ってる気がする。
「僕たちもお手伝いします。先輩一人にお願いするわけにはいきませんから」
そう言ってスッと自分の定位置に座る三木。
「三木の言う通りですよ。会計委員は先輩だけじゃないんですからね」
それに続いて俺も自分の場所に座る。ついでにニコッと笑いかけてみたら、案の定生意気だと帳簿で頭を叩かれてしまった。三木みたいに大人しく座ればよかった…。と一瞬後悔したけど、そんなものはすぐに消えてしまった。
だってあの文次郎先輩が微笑んでるんだぜ!?
((うわー珍しいもの見ちゃった…………))
きっと俺と三木は今同じことを考えてたと思う。三木も文次郎先輩を見て固まってたし、目はありえないくらい大きく開かれついるから。
「しょーがねぇ奴らだな。言っとくが来たからには終わるまで帰さんぞ」
いつもなら絶対聞きたくない言葉でも、今は不満なく素直に頷ける。それどころか俄然やる気がでてきてしまった。やっぱり六年生って凄いんだなと改めて思う。笑顔一つでこんなにもやる気を出させるなんて芸当、俺には絶対無理だ。
少しほうけていたら急に10キロそろばんが目の前に飛んできた。投げた本人はさっきの優しい微笑みじゃなくて、いつものニヤリとした笑いかただった。
「ほら、返事はどうした」
「「はい!終わるまで頑張ります!!」」
「当然だバカタレ」
(さぁて、いっちょ頑張りますか)
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