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俺vs豆腐(兵助)

お昼の鐘が鳴って暫くしてから食堂へ行ったら、兵助一人が食堂に居た。

「あれ?兵助一人?」

「あ?あぁ弥江か。うん、さっきまで委員会の仕事してたから」

「一人で?」

「後輩達は先に戻したんだ」

「なるほど」

俺は食堂のおばちゃんが作ってくれた焼き魚定食を持って兵助の前の席に座る。兵助は何頼んだんだろうと思って見たら、お決まりのように豆腐料理ばっかりだった。

「また兵助豆腐定食食ってる」

「うん、だって美味しいし」

呆れたように言ったのに、相手には通じなかったみたいでニコッと笑いかけられた。…普段あんまり笑わないくせに豆腐のことになるといい笑顔しやがって。心の中で悪態をつきながら俺も自分の定食に手をつける。相変わらずおばちゃんの焼き魚は最高だ。兵助の方は味噌汁の豆腐をニコニコしながら食べていた。ここまでくると最早清々しい気持ちになる。

「いくら好きでもさ、流石に毎日は飽きない?」

「飽きない」

「ぅわっ、流石豆腐小僧」

「あのさぁ、その“ぅわっ”ってなんだよ。それに俺は豆腐小僧なんかじゃないから」

つい反射的に声が出てしまえば思いっきり嫌な顔をされてしまった。俺はごめん、と言って付け合わせの漬物をかじる。

「でも豆腐は大好きなんだろ?大好物じゃなくて」

「だから、俺は豆腐の形が好きで、味とか豆の風味が好きで、触感が好きで、感触が好きで、皿の上で揺れるあの動きが好きなだけなのだぁ」

箸を相手に向け尋ねたら、兵助は豆腐の好きな所を、指折り、上げていった。触感が好きなのは分かるけど、なんだよ感触って。握るつもりか?握り潰して肌にでも塗るつもりなのか?つらつらと出てくる兵助の豆腐自慢についため息にも似た息が漏れた。

「要するに大好きなんだな」

「だから…」

ここまで言って尚、豆腐小僧を否定しようとする兵助に、俺は片手を顔面に突き出して静止させる。

「じゃあさ、豆腐を食べるかハチで遊ぶかってなったらどっちを選ぶ?」

「豆腐」

「即答ですか…」

自分で質問をしたのはいいが、何だかハチが物凄い不憫になってきた。ハチ、お前兵助にとっては豆腐以下の遊び相手らしいぞ。

「なら雷蔵と三郎と出掛けるのと豆腐食べるのは?」

「一緒に出掛けて豆腐を買う」

「いや、それ狡いから」

これならどうだと質問を変えれば予想外の方向から答えが来た。でもまだ二人も選ぶあたりハチの時よりはマシか。他に何と比べようかと迷ったけど、とりあえず俺の場合も聞いてみる。

「じゃあ俺と昼寝するのと豆腐食べるのは?」

「弥江と寝る」

「……」

「どうした?弥江、顔が赤いぞ?」

「な、なんでもない」

冗談で聞いたのに、まさか即答されるなんて思ってなかった。思わず顔に熱が集まるのが分かる。

(…やば、うっかり嬉しいなんて思っちまった。……でも待てよ、相手は豆腐だぞ?豆腐相手に勝って喜んでどうすんだよ、俺)

両手で頬を隠すように顔を覆えば、徐々に思考が冷静になってきて、豆腐相手に喜んでる自分が何だか無性に悔しくなってきた。その途端真っ白いアイツが凄く憎たらしく思えてくる。

「わっ、豆腐を睨むなって。どうしたんだよ、さっきから赤くなったり睨みだしたり」

「いや、ちょっと豆腐が憎くなってきたんでね」

「えっ、何で!?」

「知らない!」

不思議そうな顔して俺を覗き込んでくる兵助もキッと睨んで、一瞬怯んだうちに相手の皿の豆腐を口に運んでしまう。

「あっー!俺の豆腐食べるなー!」

「ごひほーさまでひた」

悔しそうな兵助を満足げに眺めながら俺は口の中の豆腐を味わう。うん、やっぱりおばちゃんの料理は何でも最高だ。

「………俺の豆腐ー」

「まあまあ、これから一緒に昼寝してやるから」

「……しょうがないなぁ」

恨めしそうに口を尖らせる兵助にそう言うと、渋々ながらに頷いてくれた。そんな相手に何となく嬉しくなり、俺はニコッと笑いかける。

「なんなら腕枕してやろうか?」

「やだよ、弥江俺より小さいし」

「また即答…」

でもそんな提案は即却下された。人の好意を無惨に蹴散らしたあげく嫌味まで言いやがって…。嫌味だと思ってないところが益々嫌味だ。あーそーですか、と言いつつちびちびご飯を食べていたらプッと笑われたのが分かった。イラッとして相手を睨めば、兵助は素知らぬ顔で自分の腕を軽く持ち上げ二の腕を軽く叩いた。

「やるんだったら俺がしてあげるよ、腕枕」

「やだよ、兵助……何もねーや」

「ないなら言わなきゃいいのに」

悔しいので俺も何か言ってやろうと思ったけど、生憎拒否する理由も見つからない。

「気分だよ、気分。よし、じゃあ今から兵助の腕枕で昼寝だ!」

「その前に、残りの昼ご飯食べてからな」

「あっ、そうだった」


もう何でもいいや、と思って意気込み立ち上がれば、兵助に自分の定食を指差されてた。俺は慌てて残りの定食を口にかき込む。俺としたことが、おばちゃんの料理を忘れるなんて…。


「早く食べないと昼休み終わっちゃうよ?」

「分かってるっつーの!」






頭の片隅で“ざまみろ豆腐め!”なんて思ったら豆腐の味噌汁飲んで噎せてしまった。まさか豆腐の逆襲か!?


あきゅろす。
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