観察対象(雑渡)
「こーんにーちわー」
「やぁ、今日は」
下を向けば大きな少しつり目の少年がこちらを見ていた。制服を見るに五年だということが分かった。
(また見つかっちゃったねぇ)
以前も屋根の上にいたところをこの少年に見つかったなと思いだす。気配は消してこそいないが、これでもなかなか見つかりにくい場所を選んでいるつもりだ。なのに何故いつも見つかってしまうのか…。
「ねぇ、君は私を何故そう簡単に見つけるんだい?」
考えても分からないことは聞くにかぎる。率直に尋ねれば少年はいともたやすく答えた。
「伊作先輩を見易い場所と、僕なら何処に隠れるかを考えてたら自然に見つけちゃってるんです。忍さん、伊作先輩に会いに来てるみたいなので」
あぁ、なるほど。何となく妙に納得してしまった。それと同時にほんの少しだけその少年に興味が湧いた。自分なら、と考えたということは私と似たタイプの人間なのかもしれない、と。私が隠れる場所はたいていが罠の上や罠と罠の隙間にできた空間。その方が急襲されたときに都合がいいし、まさかそんな危ないと分かっている処に自ら近付いているなど思われ難いためだ。だがその分、それ相応のリスクも伴うことになる。それをやってのけるのは、相当自分の腕に自信があるか、はたまた危険好きな者だけ。この少年の場合は恐らく後者だろう。まだあどけなさの残る、されどどこか侮れない底の知れない瞳を見下げ、顔を覆った布の下で一人口元を緩める。
今度はこちらの番とでも言うように少年が口を開いた。
「忍さんこそ、どうして隠れたりしてるんです?気配を消してないだけいいですけど、もしかしたら敵かと間違われるかもしれませんよ?」
本当、中々いいところに目をつける子だ。心の中でそう呟き一人ほくそ笑む。
「じゃあ逆に聞くけど、君こそなんで私が敵じゃないと思うんだい?もしかしたら本当に敵かもしれないよ?」
「また質問された…。それは今のところ無いって分かりきってるからです」
意地悪な質問をすれば、少し不服そうには答えた。そのまま少年の視線は塀の方へと移動する。
「もし敵だったら二回目の侵入の時に既に忍務を達成しているはずです。それに、忍さんが義理堅いということは以前うちの後輩が助けていただいたことで分かっていますし」
「それだけで私は敵じゃないと?」
「いえ、そこに居る部下さんにも聞いたんです。『組頭は余程のことがない限り忍術学園に手はださないよ』って」
ね?と少年が笑いかければ、塀の陰から私の部下の諸泉が姿を見せた。
(へぇ、気付いていたのか)
今日は、とにこやかに挨拶しあっている少年と諸泉の姿はきっと一般生徒から見たら異様な光景だろう。
「お前も来てたんだねぇ、仕事はどうしたの」
何となく疎外感を感じ諸泉にありありと嫌な顔をして見せる。そんな私に諸泉は私以上に渋い顔をしてまくし立てように言ってきた。
「来てたんだねぇ、じゃないですよ!仕事ならとうに終わりました!日が傾いても組頭が帰ってこないから様子を見に来たんですよ、そしたらこんなところで弥江君と話してるし。今日は保健室に包帯を換えてもらいに来たんじゃないんですか?すぐ帰ってくるって言ったから組頭の仕事まだ誰も手をつけてないんですよ?」
言いたいことを言い終えたらしい諸泉の顔はやけにスッキリしてた。正直頭に入ってきたのはほとんど無かったが。いつもの小言は無視してお疲れ様ですと諸泉に苦笑している少年に視線を戻す。
「少年の名前は弥江っていうのかい?」
「へ?あっはい、浦原弥江って言います」
ここでやっと少年の名前を知ったことを思い出した。そういえば今まで少年のことは少年としか呼んだことがなかったな。
「忍さんは何てお名前なんですか?」
「私は雑渡昆奈門。で、そっちは」
「諸泉尊奈門さんですよね」
「あれ?何だ、知ってたの」
ついでに部下の名前も教えてあげようと思ったのに、先に少年に言われてしまった。何で知ってんのと部下君に視線をやれば
「だって私たち、茶飲み友達なんですよ」
と言われてしまった。
「えー、部下君ずるいじゃないか、何で私も誘わないの」
「何で、とお聞きになるんですか。組頭をお待ちしている時暇を持て余した私を弥江君がお茶に誘ってくれたんですよ。保健室で組頭が遊んで…コホン、休んでいるんだから私も休んでいかないか、と」
刺のある言い方なのは気のせいだということにしておいて、部下までもこの弥江という少年に見つかっていたのには少し驚いた。まぁ何となく予想はしていたが、まさかお茶飲み友達なんて仲にまでなっていたとは…。これは面白い発見だ。
鳥の鳴き声が聞こえ空を見れば、日も入り始めて薄暗くなりはじめていた。
残念だが今日はこれまで、だな。
「そろそろ暗くなってきたし、ひとまず私は帰らせてもらうよ」
部下君と話している少年の肩に手を置き言う。すると少年の目はパチパチと瞬きをくり返した。
「あれ?保健室に行くんじゃなかったんですか?」
「そのつもりだったんだけどね、これ以上ここにいると部下君が煩いから」
「煩いとはなんですか」
すかさず口を挟んできた部下君を親指で指差し、ほらね、と言えば確かにと少年は笑った。
「弥江君まで笑わないでよ」
「ははっ、すみません、つい」
そんな若い二人のやり取りを見て若いなぁと思った私は歳をとったのかもしれない。
「じゃあね、今度は君に会いに来るよ」
それだけ言って私はその場を離れた。後ろから部下君が追ってきている気配を感じる。
(本当に忍術学園は人材豊富で飽きないねぇ)
去り行く景色を視界に入れながら、自然と口角があがっていることに直一層笑みが零れた。
無料HPエムペ!