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あちら側(七松)




暗い闇の中、ふらふらと何かに誘われるように歩いていると、ふいに後ろから抱き締められた。耳元に聞き慣れた声が降ってくる。

「駄目だぞ、弥江」

何が駄目なのだろうか…。やけにはっきりとしている思考で考えてみるが、所詮徒労で終わった。

「帰ろう。忍術学園に」

優しく響く声に一度頷き、硬く豆の出来た手に目を覆われそれに従い己の目を閉じる。次に目を開けた時には青い空が丸く切り取られ、ポッカリと丸く浮いていた。


「弥江やっと起きたな!」

急に空と自分とを遮るように、こへ先輩が顔を覗き込んでくる。へ先輩の少し痛んだ髪が顔に当たりくすぐったかった。こんな所とはどこだろうかと体を起こして周りを見渡せば、どうやらここは深い穴の中らしい。
空が丸く見えたのは穴の中から見上げたせいだろう。

「こへ先輩…?あれ、俺なんでこんな穴にいるんだろ……っ」

思い出そうとすれば頭がズキンと痛みを伴った。

「それは私が聞きたいくらいだ。いきなり人の気配がしたと思ったら弥江が穴に落ちてくし。初めは足でも滑らしたかと思ったけど、全然出てこないからびっくりしたぞ」

ぽすぽすと頭を撫でてくれたこへ先輩の手は、夢でみたあの手とすごくよく似ていた。

「弥江、もう“あっち側”に行っちゃ駄目だぞ」

「あっち側…?」

言葉の意味が分からずに首を傾げると、先輩は困ったように眉を下げた。

「うーん…上手く説明はできないんだが…とにかくあっち側は駄目なんだ」

「…。分かりました」

実際は何のことだかよく分からなかったが、先輩が真剣に言ってくれてることが伝わってきたので素直に頷く。
いや、分かってはいるけど、それがあまりにも曖昧過ぎていて理解しきれないというのが本当のとここか。
「ねぇ先輩。あっち側のその奥には何があるんですか?」

「ん?そーだな…きっと何もない、かな」

「何もない?」

「そう、何も」





そう答えてくれた先輩の目は、どこか遠くを見ているようだった。





「さて、もうすぐ日も暮れるし早く学園へ帰るぞ」

「はい」


…………あれ?この声は夢で聞いたような……。


「じゃあ学園まで競争な」
「ぇえっ、先輩とですか!?」

「弥江は速いから私も頑張らないとなー」

「いやいや、頑張らなくていいですから!」




思い出す暇もなく、飛び出して行ったこへ先輩を追い掛ける。
夕日を受けて走るこへ先輩の後ろ姿は、目を細めたくなるほど綺麗に輝いていた。






(夢で見たのはきっと…)


あきゅろす。
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