嘘の天才(三郎)
「なー三郎ー」
「え?僕は雷蔵だよ、弥江」
木の上で休んでいたところに弥江がやってきた。太い幹が揺れて葉が数枚舞落ちる。何となくいつもの調子で“雷蔵”の笑みを浮かべてやったら鼻で笑われた。意味はよく分からないが、腹立たしいことは確かだ。
「嘘つきだよなぁ、本当」
「嘘なんかじゃないって」
「嘘だろ?なぁ、鉢屋三郎」
また雷蔵のようなふにゃりとした笑みを顔に張り付ける。それでも弥江は静かに私の名前を呼んだ。
「………」
「………」
「………」
「…はぁ、正解だ。頼むから無言はやめてくれ」
しばしの沈黙に折れたのは私の方だった。普段欝陶しいくらい煩いくせに、こういう時だけ黙殺しようとしてくるコイツはかなり厄介だ。分かりやすい溜息を吐いてやると、弥江は言うことを聞かない子供を見る時のような顔で笑ってきた。…目潰しでもしてやろうか。
「最初っから素直に返事すればいいのに、なーんでそうすぐに嘘つくかな」
「仕方ないさ、これは私の趣味だからな」
「何が趣味だ……っよ!」
偉そうにしている弥江に肩を竦め言い返す。すると弥江は私の額にデコピンをしかけてきた。私は変装してるってこと、こいつはもしかして忘れてるんじゃないだろうな。化粧が崩れたらどーするつもりだ!
「いっ……お前さぁ、デコピンでも結構痛いって知ってるか?」
「分かってるからやるんじゃん」
「…あ、そ」
いけしゃあしゃあと言ってのける弥江に怒る気すら失せてしまった。
無駄に体力を使った気がする。もう一度寝てしまおうと体を木に預ければ、弥江はここより一本上の幹に足を投げだして腰掛けた。そのまま足をぶらぶら揺らしているせいで光と影の動きが目に痛い。
眩しさに目を細めれば、大きな独り言が聞こえてきた。
「三郎の場合はさ、趣味とかじゃなくて癖になってるんだな、うん」
「何が」
「嘘つくのが」
あぁ、そういうこと。
こいつはたまにドキッとさせられることを言う。独り言とかそういう呟きに不意打ちを受けるのは正直気にくわない。人を動揺させるのは好きだが、私がやられる側なのはいただけない。
「チッ……」
小さく舌打ちしたのが聞こえたのだろうか。頭の上でククッと笑った音が聞こえた。
上を見上げるとやはり弥江は口に手を当て僅かばかり肩を震わせている。
「今度は何だ」
「ん?んー、俺は騙される心配ないから大丈夫だけど、あんまり他の人騙してばっかりいると怒られるよ?」
「へぇ、なら弥江は騙されない自信があるってわけだ」
まるで聡されているような口調にあえて挑戦的な態度で問うてみた。鼻で笑うことも忘れずに。弥江は歯を見せて笑ったかと思えば、次の瞬間足の間から顔を見せ大きく頷いた。
「当然!少なくとも三郎の嘘は見破る自信あるね」
これはこれは、随分大きくでたもんだ。普段罠に引っ掛かりまくってるのは何処のどいつだったか…。
「その根拠は?」
「今までの経験、それと勘」
「大丈夫、という割には随分あやふやな根拠だな」
言われた内容はやはりなんの根拠にもならなかったが、それこそ何とも弥江らしい。何処から沸いて来るんだこの自信は。そうは思っても弥江の表情を見ていると自然と信じてしまいそうになるから不思議だ。
「しょうがないじゃん、三郎の口は天才的に上手いんだから」
「でも弥江は見破るんだろう?とんだ矛盾だな」
ほんの少しの仕返しとばかりに鼻で笑ってやる。それでも弥江はやはり根拠のまるでない自信満々な顔で笑うんだ。
「じゃ、それは俺の才能ってことで!」
本当、コイツには敵わないとつくづく思わされるよ。
調子に乗るから言ってはやらんけどな。
(無駄な才能だこと)
(いやいや、これ以上ない才能ですよ)
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