油断大敵美人大敵(仙蔵)
「あー昼寝日和だなぁ」
庭に足を投げだし、自室の前の縁側にごろんと寝転ぶ。風も僅かだが吹いていて、屋根の影も薄いこの場所は絶好の昼寝ポイントだ。午後からの授業は休みだし何もする必要のない俺は今正に惰眠を貪る………筈だった。
「何をしているんだ?」
「ぅおっふ!?」
急に聞こえてきた声に目を開ければ、美人と名高い六年い組の立花仙蔵先輩が目の前にいた。それもかなりの至近距離で。先輩は俺の体を跨いで膝立ちになり、寝転んでいる俺の顔の横に両手をついている状態だ。まぁ、分かりやすく言えば端から見ると俺が先輩に押し倒されてる感じ。
俺の声が五月蝿かったのか先輩の眉間に少しだけ皺が寄る。
「五年にもなって気配も分からんのか」
「消してきたくせに何言って…」
「ん?」
「すみません。何でもないです」
言い返してやろうと思った俺が馬鹿だった。あの作法委員会の委員長様に口答えなどできるはずがない。言いかけた言葉も、ニッコリ笑われてしまえば後を続けることが出来なくなってしまった。…というか顔は笑ってるのに目が全く笑ってないんだよこの人…。美人の笑顔程怖いものはないと初めて実感する。
「えっと、…何か用でも?」
「特に用はない。ただお前が見えたのでな、弄りに…構いに来てやったのだ」
「今弄るって言いましたよね。ごまかしきれてませんよ」
「何を言う。そんなはずないだろう」
いや明らかに言っただろ。言い直した意味ないから!
なんて言えるはずもなく、俺は心の中でただ喚く。きっぱりとそんなはずないと言われてしまえば、そこまで。試合終了。正論なんかこの人には通じっこない。
言いたい言葉を吐き出す変わりに一度息を深く吸い込む。一瞬良い匂いがしたなんて気のせいだと思いたい。
「…でも残念でしたね。僕、三郎に悪戯されまくってるので多少のいたずらには慣れてるんですよ」
「自分で言ってて虚しくならんか?」
「ほっといてください」
哀れむような視線に堪えられず、俺は両手で顔を覆い嘆くふりをする。いや、割と本気で哀しいんだが…。
「ふむ、確かに鉢屋ならお前相手に悪戯くらい仕掛けていそうだな。ならこういうのならばどうだ?」
ちゅっ。
「………え?」
何か考えるような、それでいて楽しんでいるような声が聞こえたと思った次の瞬間。手の甲に何か柔らかいモノが当たった。いきなりのことに思考が判断しきれず間抜けな声だけが口から漏れる。
「おや、あまり動じんのだな。つまらん」
ぺろっ。
「……ぅあ」
今度は何かしっとりと濡れたものが手に触れる。恐る恐る手を退かせば先程よりも明らかに近い距離に先輩の顔がきていた。ちょうど手の厚さくらいの距離しかない。形の良い口元からは赤い舌が少しだけ覗いていた。
「………今のって、まさか先輩僕の手を舐めて…」
「何だ、何をされたか分からなかったのか?本当鈍い奴だな」
そういって俺の髪を一束持ち、見せ付けるかのようにソレに唇を落とす。予想外な行動に心臓はバクバクと鳴り始め、同時に先程何をされたのかやっとはっきり認識し顔に一気に熱が集まる。それでも自分の意に反して目は口元から離せない。そんな俺の変化に気付けば、先輩はますます笑みを濃くした。
「やっと理解できたようだな」
「なっ……ななな何やって」
動揺しきった俺にはこれを言うのが精一杯。他にも文句はいっぱいあるのに口がいうことを聞いてくれず、あわあわと開閉を繰り返すしか出来ない。
「ふふ、やはり鉢屋とはいえこういう方法はやっていないようだな」
俺の質問には一切答えず、先輩は遊び終わって満足した子供みたいな笑みを浮かべれば悠々と廊下を歩いて行ってしまった。
その様子に俺は呆気にとられ、ただ床に寝転んでいるしか出来ない。
真っ赤になった顔を張り付けて。
(おーい、んな所で寝てると風邪ひくぞー)
(ハ……)
(ん?)
(人権って何ですか…)
(は?)
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