【 人間万事塞翁が馬 】
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さてと。これは一体どうしたものか。
俺は困っていた。
貧血で倒れた遥香を抱えて大講堂を出たまではよかった。
遥香が安静にしてゆっくり休めるようにと保健室に運ぶ気でいたのだが。
俺はふと足を止める。
あることを思い出してしまったからだ。
遥香は病院やら保健室やらが嫌いなのだ。
独特の薬品の匂いだとか、不自然なまでの清潔感。真っ白くて何もない四角い部屋。
小さい頃、遥香は身体が弱かった。それこそ入院したのだって一度や二度のことじゃない。
学校で一度倒れて保健室で寝かせていたことがある。俺は側についていたんだけどさ。
思い出す。
遥香が目覚めたときに一瞬消え去った表情。
そしてその後の、あの絶望したような、怯えたような瞳の色。
俺に気がついたときには安堵したような表情を浮かべて泣きそうな顔を見せた遥香。
実際にそれについて話をしたことがあるわけではないし、俺はいちいち尋ねたりなんてしない。
悲しい話や思いをわざわざさせる必要はないのだ。
ただそっと、守ってやればいい。二度とそんな思いはさせないように。
・・・保健室はヤメ、だな・・・
俺は小さくため息をついて踵を返した。
別に腕が疲れてもう駄目だ、なんてことにはなっていない。
何せ遥香は細くて軽いし、どうやら俺の体力・腕力ともに以前のまま維持されているらしかった。
さてどうしようか。
大講堂に戻るという選択肢はない。どんだけ目立つことか!まだまだ式は終わっていないのだ。
とにかく休める場所はないだろうか。教室、はねーな。
歩き続けているとふと渡り廊下に差し掛かった。温かな風が軽やかに吹き去って行く。
天気も良く、日差しも暖かだ。・・・けっこういいかもな。
そう思うが早いか。俺はさっそく遥香を抱えたまま中庭か裏庭か、まあ定かではないが広場に出た。
さすがは金持ち学校なだけはあるといったところか、こんなところにまで手入れが行き届き、金が掛けられているのが分かる。
日当たりもいいし、今日は天気も良く暖かい。こんな中での昼寝はさぞや気持ちのいいことだろう。
適当なところにあたりをつけると、そっと遥香を下ろす。
地べたに寝かせるのは抵抗があるが、まあしょうがない。
綺麗な芝生の上だし、文句を言うほど馬鹿でもないしな。(言わせる気もないが)
そう思って自分はどっしりとした太い木の幹にもたれかかるようにして足を伸ばすと、その上に遥香の頭を置いて寝かせた。
俗に言う膝枕という奴だ。
なるほど、初めて女になってよかったと思った。
男のままの俺だったらさぞ寝苦しかったことだろう。(硬すぎる枕は寝苦しいだけだ)
そうだ、と思って自分のブレザーを脱ぐと遥香の身体にそっとかける。
まだ顔色は良くなっていない。しばらくはこのままか。
ふー。
俺は静かに息を吐いて上を見上げた。
未熟な緑の葉っぱと枝々の隙間から青い空が見えた。
空の青さはどこも変わらないんだな。
そんなことを考えながら、俺はそっと目を閉じた。
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