12
ここ最近は天気がよく、空は晴れ渡っていた。
傷がだいぶ治ったため、リハビリに励む私にはとてもいい天候だ。
「痛い痛い痛い! ハンジ! ギブ!!」
そして今日も、早く壁外調査に参加すべく、本部の庭でリハビリに励んでいた。
「***、やっぱり体が上手く動かないみたいだね」
後ろから聞こえる声と、軋む自分の腕。
後ろに締め上げられた私の腕と私の口は、悲鳴を上げていた。
「やっぱり、だいぶ、なまって、て! ッ! 腕を、放して頂けませんか!!」
その言葉でやっと腕が解放された。
滞っていた血液が勢いよく流れ出し、ジンジンと痛み続ける。
今日はハンジに対人格闘を付き合ってもらったのだけど……なんて様だ。
体は思った以上に動かなかった。
「対人格闘で***に勝ったことなかったから、なんだか嬉しいよ」
しゃがんで痛みに耐える私の目の前で、仁王立ちのハンジは顔を綻ばせてそう言った。
確かに訓練兵時代、死にものぐるいで練習したせいか、卒業時には負け知らずとなっていた。
でもハンジさん……あなた病み上がりをつかまえてそれでいいのか。
「うう……腕痛い悔しい腕痛い悔しい悔しい」
「よーし***、もう一度やろうか!」
「望むところ! けちょんけちょんにしてやる」
「私だって容赦しないよ」
「おい」
「取り込み中です後にしてもらえませんか」
「何してるんだ?」
「何って見ての通り対人格闘……ってリヴァイ!」
いつから居たのか、すぐそばに居たリヴァイにびっくりする。
そして隙ができてしまった。
視界の端で、ハンジが目を光らせた。
「痛ー! ちょ、ずるい!」
「戦場でその油断は命取りだよ***」
「ギブ!」
先ほどとは反対の腕が悲鳴を上げた。
後ろでハンジが笑っている。
腕が解放され、痺れる痛みに耐えていると、リヴァイが思いもよらぬ一言を発した。
「次は俺だ。手合わせしてやる」
え、今なんとおっしゃいましたか、と聞き返すことが出来ない程、リヴァイはやる気満々だ。
腕捲りをしながら、私を見据える。
ハンジは、やれやれー! と、もはや盛り上げ役だ。
いや、あの、例え通常状態でも勝てる気はしないのですが。
「さっさと来い。俺も暇じゃない」
もはや逃げるという選択肢はないらしい。
私は腹をくくり、リヴァイに挑んだ。
そして案の定、私は一分もたたないうちに白旗を挙げることになる。
「気分はどうだ」
真上から降ってくる声。
背中に感じるひんやりとした地面。
馬乗りになったリヴァイは、自身の肘を私の喉元に突きつける。
リヴァイが落とす影を受けながら、今の状態に軽い混乱を生じていた。
決着が着くまで早かった。
これでも数秒、私は頑張ったのだ。
けれどだんだんと彼のスピードに着いていけなくなり、しまいには足を引っかけられて背中から倒れこむ始末。
そこへリヴァイが私に馬乗りになり、彼は肘を私の喉元へ突き立て、チェックメイトした。
近すぎる彼との距離に、心臓は鼓動の速度を速める。
「おい、聞いてんのか」
「あ、気分……はあまり悪くないかな」
「は?」
「間違えた、あまり良くないです」
つい本音が出てしまったことに、自分でも驚いた。
リヴァイは眉を寄せる。 しまった。訝しんでいる。
「ずいぶん余裕そうだな。鍛えあげ方が足りないか?」
そう言って、喉元にあった肘を引っ込めたかと思うと、すぐさま同じ所に前腕を押し付けられた。
喉に感じる圧迫感と同時に、先ほどより近くなるリヴァイの顔。
ハンジの、テンションの上がった声が聞こえる。
苦しいとか、そういう場合ではない。
「あの……お取り込み中すみません」
ハンジが騒いでいる中、控え目な声がした。
よく知っているその声に、私もリヴァイも視線を上げる。
「兵長、エルヴィン団長が呼んでましたよ」
そこに居たのは、この調査兵団で癒しとも呼べるペトラだった。
女の私から見ても可愛く、そして壁外では強さをも見せる彼女に、憧れを抱かない者はいないだろう。
「エルヴィンか。壁外調査の件だろうな」
「はい、そう言ってました」
「分かった。今行く」
ペトラに返事をすると、リヴァイは私から離れた。
喉の圧迫感が取れて勢いよく入ってきた空気に、私は咳き込んだ。
「***よ、今のままじゃ復帰まで相当時間かかるぞ。死ぬ気でリハビリ頑張るんだな」
そう言って、本部の屋内へと戻っていく。
ペトラは私とハンジに会釈した後、リヴァイの後を追った。
「いい子だねー。可愛いし礼儀正しいし」
「うん…」
だんだんと遠ざかるリヴァイとペトラ。
途中、リヴァイはペトラに何か言っていた。
ペトラは自分の髪を焦ったように触り、何かを探す。
ペトラの髪に何かついていたのだろう。
しかし取れないのか、見かねたリヴァイが取ってあげていた。
そんな二人のやり取りを見て、胸がツキンと傷む。
「***?」
ハンジに名前を呼ばれ、我に返った。
ハンジを見ると、彼女はいつになく真剣な顔をしている。
「前から聞こうと思っていたんだけど、***ってもしかしてリヴァイのこと好きなのかい?」
あまりに直球で、思わず口が開いてしまった。
けれど、ハンジのこういう所が好きだ。
「……いや、恋愛感情はないよ。ただ、どんな人なのかもっと知ってみたいけどね」
笑って答えると、ハンジは眉尻をさげた笑顔になった。
「そっか。変なこと聞いてごめんね」
「いやいや。もし好きな人が出来たら、ハンジにはちゃんと報告するからさ」
「ありがとう。楽しみにしてるよ」
胸の痛みは気づかないふりをする。
リヴァイのことも、頭から追い出そうとした。
「ハンジ、忙しいのに付き合ってくれてありがとう」
「またいつでも言ってよ。***に勝てる時に勝っておきたいからね!」
「次は負けないよ」
次は乗馬の練習をすると言って、ハンジとはその場で別れた。
歩きながら、さっき言われたことを思い返す。
リヴァイを好きかどうかなんて、きっと答えは出ている。
でも、私は芽生え始めたその感情に気づかないふりをする。
そうしないと、意識しすぎて今みたいに彼に接することが出来なくなりそうだから。
私の性格上、意識しすぎるとどぎまぎして意味もなく彼を避け、話すことさえままならなくなってしまいそうだから。
それは避けたかった。せっかく、結構話すようになれたのに。
本当の気持ちに蓋をして、偽りの気持ちを被せる。
この精一杯な応急処置をしたら、普通に接することが出来るのだ。
だから、もう少しこのままで。
そう思いながら歩いている私の後ろで、ハンジが複雑な心境でいたことは、この時私は知るよしもなかった。
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