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第5話




マフィアって、何なんだろう。




日直の仕事を終え、通い慣れた道を歩き家へと向かう。

視界に映る地面。後ろから射し込んでくる夕陽が、僕の前に長い影を作っている。

それを見ながら、骸くんが言った言葉を頭の中で何度も再生した。


ツナが、マフィア。


マフィアって、映画とかでよく麻薬の取引とかしてるあれだろうか。

銃を使ったり、人を殺したりする組織。

その組織のボスが、ツナ……?


まさか。考えられない。

ツナに人を殺したり、悪いことが出来るはずがない。

というか、出来る出来ない以前に、そんなことをするはずがない。

あの優しいツナに限って、あり得ない。


なのに、なんであの時、骸くんがツナのことをマフィアだと言ったあの時、冗談だと笑い飛ばせなかったんだろう。


なんで、今もこうやって真剣に考えているんだろう。


それは、骸くんの話し方だ。


あの時の彼の口調、声色、態度が、全ていつも通りだったからだ。


ツナが学生、と言うのと同じように、何の戸惑いもなくツナがマフィアだと彼は言った。
そこにはいつもの冗談を言っている雰囲気なんてなかった。
何も考えず自然に口から出てきた、そんな感じ。

だから僕は、その言葉を真に受けてしまっている。


骸くんってばまた冗談を言ってー、なんて笑い飛ばせないでいる。


もし……もしそれが本当なら、ショックだ。


あのツナがマフィアの、しかもボスだなんてこともショックかもしれない。
というより、あまりに現実味を帯びていないというか、想像し難くてショックを受けるのかよく分からない。

一番ショックなのは、そのことじゃなくて、



『……もしかして、知らなかったんですか?』



知らなかった。何も。

骸くんの驚いた顔が頭から離れない。
彼は僕とツナが幼なじみだということを知っていたから、びっくりしていたのだろう。

幼なじみだから、もうすでに僕が知っているものだと思っていたに違いない。

だけど、僕は今日初めて聞いた。昔から彼のことをよく知ってたつもりだったのに、何も知らなかった。


ツナはいつからマフィアになんてなったの?

なんでマフィアになろうなんて思ったの?


マフィアだなんてそんな、僕達とは無縁と言えるほど遠いと思っていたものに、小さい頃から仲が良かった彼がいつの間にかなっていたなんて。


「……本当、なのかな」


もちろん、嘘だという可能性もある。
骸くんのことだ。明日になったら「まさか本気にしてたんですか?」なんて言い出すかもしれない。


一番確かなのはツナ本人に聞いてみることだけれど、なんとなく聞きにくいと思っているのは、やっぱり骸くんの話を信じていて、それを確かめるのが怖いからだろうか。

だってもし本当に、ツナがマフィアという怖いイメージしかないそれのボスだったとしたら、これから普通に接していけるのか分からない。

いや、でも本当に……ツナがマフィアだなんて、全く想像出来ないのだけど。




「あれ、六銭じゃん。今帰り?」




噂をすれば影がさす。
と言っても、噂をしてたわけじゃないけれど。

ちょうど差し掛かった交差点、今まで考えていた本人とばったり会ってしまった。


「あ、ツナ……ツナも今帰り?」


一緒に帰れるのは嬉しいけど、どちらかというと今は会いたくなかったかもしれない。
さっきの骸くんの時といい、今日はタイミングが悪い気がする。


「ああ。山本んちに行っててさ」

「そっか。僕はやっと日直の仕事が終わったから」

「え、こんな時間まで日直の仕事してたの?」

「うん。先生にプリントのホチキス止め頼まれちゃって。今日に限って頼まなくてもいいのに」


当たり障りのない、普通の会話。
ツナは僕の言葉に、ついてなかったな、と笑う。


「そういえば骸は来たの?」

「あ、結局来てくれたよ。まぁ話してたから遅くなったっていうのもあるけど」

「そっか…」

「……ツナのことについて話してたんだよ」

「え、オレのこと?」


何でまた、と疑問を顔全面に出して彼は僕を見た。


そう、ツナのことについて話してたんだよ。

骸くんがね、ツナのことをマフィアだって。

しかもボスだなんて言い出したんだけど、それって本当?


言葉が喉元に溜まっていく。

でもそれらは出てこない。
どうやって出せばいいのか、分からない。

冗談っぽく、笑いながら?


それとも、真剣に……?




「……今日の数学の授業、あんな大事になるなんてね、って」




結局、出かかった言葉は飲み込んでしまった。


ツナは僕の言葉に、思いっきり嫌そうな顔をする。


「おまえらな……誰のせいだっと思ってるんだよ」

「ごめんごめん。でも、まさかツナがあんな良いリアクション取ってくれるとは思ってなくて」

「あれ結構痛かったんだぞ」

「うん、すごいね骸くん。消しゴムであんな威力を出せるなんて」

「そこ誉めるところじゃないから」


そう言ってため息ついた彼の横顔を見て、やっぱりマフィアという話は嘘なんじゃ、と思う。

だって、ツナはこんなにも普通だ。




ツナと合流した交差点が家のすぐ近くだったから、あっという間に自宅に着いた。

マフィアのことについては明日もう一度骸くんに問い詰めてみよう、そう思ってツナに挨拶し、家の門を開けようとした時だった。


「六銭」


名前を呼ばれ、振り返る。

どこか真面目な顔のツナに、思わず門から手を離した。


「なに?」

「あのさ……六銭の好きな人って、本当に骸じゃないの?」


いきなりな発言に、目を丸くする。

なんでまた、そんな唐突に。

いつもとは違う真剣なその雰囲気に、心臓が速度を増すのを感じた。


「……どうしたの、いきなり。昨日も言ったけど、僕の好きな人は骸くんじゃないよ」

「……」

「……ツナ?」

「……あのさ、オレ……」


ツナはそこで口を噤んだ。


夕陽色に染まる彼の頬に影が落ち、ツナは何か言いたげだけれど言うのを迷っているように、視線を下へと漂わせている。


ツナが緊張しているのが僕にも伝わった。


この雰囲気は、まるで……。



「六銭、オレ…!」



真摯な、けれどどこか苦しそうにも見える瞳に捉えられ、胸が締め付けられた。


ツナの言葉にグッと身構える。



しかし緊張が上り詰めた、次の瞬間だった。



ツナはいきなり何かに気づいたように、ハッと目を見開く。

そして素早く、今まで歩いてきた道へと視線を走らせた。



「……ツナ?」



ツナは横を向き、何かを凝視している。

それは唐突すぎて何がなんだか分からなかった。
僕もツナと同じように、歩いてきた方向へと顔を向ける。


そこには特に何もなく、夜に傾き始めようとしている街並みだけだった。


「ど、どうしたの?」

「いや……何でもない」


口ではそう言ってるものの、顔はそう言ってない。

ツナはまるで何かを見つめるように、依然として顔を向けたままでいる。

もう一度彼が向く方を見てみても、やっぱり何もない。

不安になり始めたその時、ツナは僕へと視線を戻した。


「そういえば、母さんに買い物頼まれてたんだった」


いきなりそう言って、苦笑する。


「呼び止めてごめん、何でもないんだ。それじゃ、明日な」


そう言うや否や、彼は元来た道を戻っていった。

それはあまりに唐突且つあっという間なことすぎて、状況把握なんて出来ない。


「え……ちょ、ちょっと!」


呼び止めるも、ツナはこっちを向いて手を振るだけ。
そしてすぐに、角を曲がった彼の姿は視界から消えてしまった。



「な、なに……?」



一人取り残され、呆然と立ち尽くす。



訳が分からず、意味もなくツナが曲がった角を見つめた。



……一体何だったのだろう。



ツナが言おうとした言葉が気になるのはもちろんだけど、いきなり何もない所を見て、そして足早にこの場を去った理由が気になってしょうがない。


明らかに、不自然だ。


ツナは昔から嘘とか隠し事とか下手だった。
今のにせよ、本当は買い物なんてもともと頼まれてないのだろう。

でも、今のは本当に不自然だった。
あまりにも見え透いた嘘……というより、嘘をつくより別の何かに集中していたその姿に、胸騒ぎのようなものを感じた。


気になる……けど、跡なんてつけていいのだろうか。
とっさに嘘をつくぐらいなのだから、ツナを追いかけたら彼は嫌がるかもしれない。


今までだって、お互い必要以上に干渉はしてこなかった。
だから今も、跡はつけるべきじゃない。明日、「昨日はどうしたの?」と軽く聞けばいいんだ。

その方がツナにとってもいいだろうし、今の関係を維持したいなら僕にとってもいいはずだ。


なのに、見えない何かが僕をせき立てる。
骸くんの言った言葉とさっきのツナの行動が、何故か頭の中で連結する。
二つは関係ないはずなのに、関係があるように思ってしまう。


直感のようなもの。


そこから生まれる好奇心。


鞄の柄をギュッと握る。

そして家の門からそっと離れ、僕はツナが向かった方へと踏み出した。









2010.01.12



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