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第4話



「ねぇ、やっぱり十円さんって……」


人というのは自分の噂が広まっていると知ってしまうと、過剰なほど敏感になってしまうらしい。

今日の午前中は大して気にならなかった。悶々と考え事をしていたからということもあるかもしれないけれど、いつもと同じように時間が過ぎていった。


気になり始めたのは、あの数学の授業が終わってからだ。


あの後、僕は友達とお昼ご飯を食べて、くだらない話に花を咲かせて騒いでいた。
その時、ふと耳に入ってきた自分の名前に振り返ると、クラスの女の子と一瞬目が合った。
そう、本当に一瞬合っただけ。
視線が合った瞬間、すぐさま逸らされた。

それはとてもあからさまな感じで、しかも「やばい聞こえちゃった」とでも思っていそうな雰囲気。

僕の勘違いかもしれないけれど、普段あまり話さない子達だったため、確かめようにも確かめにくく。
違和感は感じたけれど、気にしないようにした。最初は。

でもそれがこう立て続けに続くと、どうしても気になってしまう。
視線もまた、感じる気がしてしょうがなかった。

肝心な内容は聞き取れないけれど、きっと骸くんとの噂だ。
数学の時間のあれがいけなかったのだろうか。
あの時骸くんとしたやり取りが、噂に拍車を掛けたのかもしれない。


そんなことを考え、どこか肩身が狭い思いをしながら今に至る。

放課後である今現在、日直の仕事である日誌に筆を走らせ、さっさと終わらせたい気持ちでいっぱいだった。
といっても、通常ならこれを書き終われば帰れるのだけれど、運が悪いことに今日の日直は他にも仕事が増えた。

プリントのホチキス止めを、先生に頼まれたからだ。

今日は厄日か何かなのだろうか。しかも骸くんは結局帰ってきていない。サボられた。
でも、今日に限ってはそれで良かったとも思う。

あの噂のこともあるし、教室にはまだちらほら人が居るから、この状態で骸くんにいつも通り接することが出来るか分からなかった。
普通に接してたら、また噂されるかもしれない。

人の目を気にするなんて情けなさすぎるとは思うけれど、いくら気にしないようにしててもどうしても気になってしまう。


……明日から、どう骸くんに接すればいいんだろう。


そうため息をついていた時、カタンと前の席の椅子が動く音がした。


「ため息つくと幸せが逃げるそうですよ」


てっきり、今日はもう会わないと思っていたのに。


「骸くん……来たんだ」

「来たんだとは何です。貴女が来いと言ったんでしょう」

「うん、ありがとう。でももうすぐ終わるから大丈夫だよ」

「……これは?」

「あ、それは……個人的に頼まれた仕事だから」


山積みのプリントを指差して、骸くんは軽く眉を寄せる。
僕はそんな彼を見た後、なるべく目が合わないように日誌を書き進めた。


「なら手伝いますよ。一人でこの量は大変でしょう」

「いや、本当に大丈夫。ありがと。せっかく来てもらって悪いけど、骸くんはもう帰って平気だよ」


なるべく普段と変わらないように明るく言ってみるけれど、骸くんに対する接し方が勝手にギクシャクしてしまう。

最低だ、僕。噂が怖くて、態度が変わってしまうなんて。


「どうしたんです。何だか変ですよ」


骸くんは僕の顔を覗き込みながらそう言うものだから、思わずドキリとした。

そういえば、この人って結構鋭いんだった。意外と人のことを観察しているというかなんというか。
それとも、単に僕の言動が分かりやすいだけだろうか。


「……えーと、変って何が?」

「例えばその笑顔。すごく嘘くさいですし」


訝しがるように言う彼に、それは貴方に言われたくないと内心呟いた。
もちろん、口には出さなかったけれど。

どう答えようか内心焦っている僕を、まるで様子を伺っているかのように骸くんは見ている。
そして一瞬、彼はふと目を細めた。


「……それにしても最近鬱陶しすぎる」


突然毒づくように呟かれたその言葉は、僕に向けられてるのかと思ったけれど、どうやら違うらしい。
骸くんは僕を映していた瞳を、別の方向へと向けた。


「何か用ですか?」


口元は弧を描き、少し離れた所にいる子達に問いかける。
その子達を見て思った。また、話のネタにされていたらしい。
しかも他クラスの子もいるなんて、僕の噂は思った以上に広まってるのかもしれない。

骸くんに話しかけられた子達はばつが悪そうに、何でもないと返事をすると、そそくさと教室から出て行った。

そんな彼女達を見ながら、骸くんは息を吐き出す。


「あんなにジロジロ見てきて、僕が気づかないとでも思ってるんでしょうかね」

「……ごめん」

「なぜ貴女が謝るんです」

「や、だって、その…」

「あの噂、ですか?」

「知ってるの?」

「まさか十円さんが僕のことを好きだったなんて」

「ち、違う!!」

「……まぁそんなこと分かってますが。そう力強く否定されると、少し傷つきますね」


どこかムスッとしたような顔で言った彼は、山積みにされているプリントを手に取り、まとめ始めた。
「これ、本当は日直の仕事として頼まれたんでしょう?」
そう言われたことから、どうやら彼には全てお見通しだったらしい。


「……骸くんはさ、その噂いつ知ったの?」

「少し前ですかね。貴女が僕を好きだということもデマだとは分かってたんで、さして気にしませんでしたが」

「そ…っか。その……ごめんね。迷惑かけて」

「別に言いたい奴には言わせておけばいいんです。確かにコソコソと話のネタにされるのは若干鬱陶しいですが、それは貴女のせいじゃない。だから謝る必要はありませんよ」


パチン、とホチキスでとめながら、いつもの口調で淡々と言う彼は優しいと思った。
優しいというか、大人だ。


「どうもありがとう」

「いいえ。あ、今、惚れそうになりましたか?」

「ちょっとね」

「じゃあ本当に付き合っちゃいましょうか」

「んー、それはちょっとなー」

「おや、つれませんねぇ」


冗談のやり取り。
いつも通りだ。
骸くんのおかげで、いつの間にか悩みなんてなくなってしまった。


「それより、十円さんはいいんですか? こんな噂が広がっていると、沢田綱吉に誤解されるでしょう?」


パチン。ホチキスの音が、やけに響いた気がした。

いきなりなその発言に、まばたきやら呼吸やら、全ての動作が一瞬ストップする。

なぜ、今そこで、いきなりツナの名前が。

なんだか嫌な予感みたいなものが頭をよぎる。


「え……と、なんでツナ?」

「なぜって、彼のこと好きなんでしょう?」


あっけらかんと言い放った言葉に、上手く反応出来ない。
とっさに否定しようとするも不意を打たれて言葉は出てこなく、それは結局肯定の意を表してしまった。


「なっ、え? ちょっと待って」

「いくらでも待ちますよ。この仕事もまだ終わりませんし」

「いやいやいや、え……何で知ってるの?」

「あ、やっぱり当たりでしたか」

「!」

「十円さんの言動、分かりやすいんですよね」


クフフと笑う彼に、やられたと思った。
それと同時に、一気に脱力していく。

ああ、どうしよう。
今まで、本当に仲のいい友達以外には言わずにいたのに。

机に突っ伏すと、そう落ち込まないで下さい、と上から苦笑混じりな声が聞こえた。

一体誰のせいだと。


「……そんなに分かりやすかった?」

「あくまで僕には、ですけど。まぁ本人には気づかれてないんじゃないですか? 彼、鈍そうですし」

「そうかな……。……骸くん」

「何ですか」

「その、この事は、」

「別にバラそうなんて思ってませんよ。誰かに言ったところで僕の利益にはなりませんしね」

「……ありがとう」

「しかし貴女も物好きですね。マフィアなんかを好きになるなんて」


プリントの端ををまとめる音とホチキスでとめる音は、一定の間隔。骸くんの口調も、いつもと全く同じだ。
なのに、言ってることに違和感を感じずにはいられなかった。

今まで突っ伏していた顔を上げる。

彼は今、なんて言った?


「……あの、今、なんて?」

「さっきのですか? マフィアを好きになるなんて貴女も物好きですね、と言いましたけど」

「マ、フィア?」

「ええ。マフィア」

「誰が?」

「沢田綱吉ですよ。彼の話をしてたじゃないですか」

「ツナが、マフィア……?」

「……もしかして、知らなかったんですか?」


骸くんは作業を止め、意外だと驚いたような顔を僕に向ける。

頭の中では骸くんの言葉を反復するも、上手く受け入れられずにいた。


「彼は、ボンゴレファミリーというマフィアのボスですよ」






2009.11.07.




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