第2話
肌を刺すような冷たい空気に、思わず肩が震えた。
呼吸をする度にふわりと舞う白い息を、ぼんやり見つめる。
月は、既にその姿をはっきり現していた。
「そういえば、久しぶりだよな。六銭とこうして一緒に帰るのって」
隣で歩くツナも僕と同様に寒いらしく、マフラーに顔を埋めるようにして歩いている。
ツナが言うとおり、確かに一緒に帰るのは久しぶりだった。
「そうだね。小学校ぶりぐらいじゃないかな……そう考えるとかなり久しぶりだね」
小さい頃はいつでも一緒に居たのに、いつの間にか学校の行き帰りは別々になっていた。
獄寺くん達も含めて遊びに行ったり、家で一緒に勉強したりとかはよくしているけれど、一緒に帰ったりするのは本当に小学校以来な気がする。
「そんな昔だっけ。小学生の時はよく帰りに駄菓子屋寄ったよな。六銭はよく当たりが出るのに、オレはなかなか出なかったり」
「ああ、そうそう! 懐かしいなあ。そういえばみんなで野球したりしたよね。で、いつも打てないのにたまたまツナが打てたと思ったら、そのボールが止まってる車に当たったりしたりさ」
「あーそんなこともあったな」
「あと、ツナが蹴った石が野良犬に当たって追いかけられたり」
「あー……」
「それにほら、悪かったテストを空き地に埋めたけど、何故か次の日出てきてみんなに点数知られたり」
「……」
「あ、あとさ、」
「も、もういいよ!」
これ以上思い出したくないのか、更に続けようとした僕を必死に遮る。
その慌てようは昔から変わってなくて、思わず頬が緩んだ。
「なんだかツナって変わらないね」
「ちぇ、これでも変わったと思ってたんだけど」
そうふてくされたような仕草も、変わってない。
でも、変わっていないようで変わった。
ツナは確かに成長したと思う。何が彼をそうさせたのか、僕には分からないけれど。
それがなんだか寂しくて、どんどん置いていかれるような気持ちになる。
こうして隣で歩いていてもツナを遠くに感じることが、胸を締め付けた。
「ツナは……さ、まだ京子ちゃんのこと好きなの?」
何の脈絡もなく口から出てきた言葉に、自分でも驚いた。独り言が、ぽろりとこの場で出てしまった感じ。
言い終わった途端、何を言ってるんだと我に返る。
てか、え……本当に何言ってんの僕!
ツナをそっと見ると、どうやらこの言葉は届いてしまったらしい。
彼は目を見開いて僕を見ている。
「え……な、え!? な、なんだよいきなり」
「えーと、な、なんだろね。なんとなく?」
「や、オレに聞かれても…」
そりゃそうだ。僕でも分からないのに、ツナに分かるはずがない。
「なんとなく思っただけだよ、うん。ほら、中学の時はずっと好きだったじゃん」
そう言葉に出すと、ずきりと胸が痛い。
あー……何言ってるんだろうか僕は。
「あのさ……もしかしなくても、さっきのやつ六銭聞いてたよね?」
ツナのその言葉にドキリとする。
さっきの、というのは告白現場のことだろう。
「……うん、ごめん。でも本当に立ち聞きするつもりはなかったんだよ」
「うん。分かってる。たださ、その、他の人には言わないでくれる? 六銭がそんなことするわけないのは分かってるけど、なんていうか…」
「もちろん大丈夫。誰にも言わないよ」
そう言えば、ツナはホッとしたような笑みを零した。
ツナは優しい。相手の子のことをちゃんと気遣っている。
「それでさっきの質問だけど、オレが好きなのは京子ちゃんじゃないよ」
自然に流されたと思っていた話題に戻り、その上予想外な答えにツナへ視線を向けた。
ツナは僕の方を向かないけれど、どこかそわそわしている。
「え、好きな人変わったの?」
「変わったって言うか……京子ちゃんはもともと憧れに近かったというか」
「そうだったんだ……」
まさかそうだったなんて思ってなくて、驚いた。
でも今まで胸を縛り付けていた鎖が取れたような、そんな感じがした。
「びっくりした。てっきり京子ちゃんが好きなのかと思ってたよ。…それじゃ、誰が好きなの?」
口角をニッと上げて、なるべくふざけたような、ちゃかすような口調を作る。
ツナはそんな僕を見て眉を寄せた。
「言わないからな」
「えーいいじゃん、減るものじゃないし」
「減る減る。めっちゃ減る」
「減らないよ」
「言わない」
「けち」
「六銭こそ、まだ骸のこと好きなの?」
「……は?」
いきなりなその言葉に、目を見開いた。
「え……なに、何のこと? なぜ骸くん?」
「え、高校入った時、骸のことカッコいいって言ってたじゃん」
「あ、うん。確かにカッコいいとは言ったけど、でも好きとは違うよ?」
「……そうなの?」
「そうだよ」
「でも噂で広まってるみたいだよ。六銭が骸のこと好きだって。しかも実はデキてるんじゃないかってことも」
「ええっ!?」
なんだそれは。一体どこからそんなデマが生まれたんだ。
「その噂違ったんだ」
「違うよ! そんなはずないじゃん。だって私の好きな人は……」
と言いかけて、しまったと思った。
この流れはまずい。
「……好きな人は?」
ツナが僕の言葉を反復する。
言葉が喉を出そうになる。
す、好きな人は、
「……言わないよ」
「いいだろ、別に減るもんじゃないし」
「減る!」
さっきとは反対のやり取りをしながら、僕の心臓は忙しなく動いていた。
冷たい風が頬を撫でるも、今はそれがちょうど良く感じる。
周りが暗くて良かった。
「でもそっか、その噂は嘘だったんだ。六銭と骸ってなんだか仲がいいから、そんな噂が流れたのかもな」
「仲いいかな。まあ、席がお隣さんだからそう見えるだけだよ」
「……今更だけど、あんまりあいつと関わらない方がいいよ」
「ん? なんで?」
家に着き、立ち止まってツナを見る。
ツナは難しそうな顔で僕に視線を寄越した。
それがなんだか真剣な顔つきで、同時にただならぬ問題であるかのような雰囲気だったから、微かに緊張が体を走った。
「……とにかく、あんまり関わらない方がいいと思う。骸って何考えてるか分からないし」
「まあ確かに、なんだか胡散臭い感じだよね。人のことバカにするしさ。でもいい人だよ」
「……」
「あ、もしかしてやきもち?」
冗談で笑いながら言ってみた。
そう、ほんの、でも普通のやり取りになるように精一杯、冗談で言ったつもりだったのに。
ツナが、まさか図星を指されたような表情をするなんて。
「なっ、そんなわけないだろ! だ、誰が六銭なんかに」
「え、あ、そ、そうだよね!……ってか六銭なんかにって失礼な。絶対ツナより先に彼氏作るんだから」
「あーうん。出来るといいね」
「うわ、棒読み」
どこかあたふたするような会話に、内心とても焦っていた。
それを終わらすべく、「それじゃまた明日」と言葉を繋げて家の門を開ける。
ツナも挨拶を返してくれると、斜め前に位置する自身の家へと進んでいった。
それを最後まで見届ける前にドアを開け、家に入る。
ただいま、とだけリビングにいるだろうお母さんに言葉を残し、急いで部屋に駆け込んだ。
顔が熱い。胸がキュッと締め付けられるのに、それは痛みを伴うものなんかじゃなくて。
勘違いしそうになってしまう。
もしかしてツナも……なんて思って、違った時傷つくのは分かってるのに。
ゆっくり深呼吸して心を落ち着けようとするも、高鳴る心臓はなかなか治まってくれなかった。
2009.10.25.
*backnext#
[戻る]
無料HPエムペ!