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第1話



「ごめん。オレ、好きな人がいるんだ」


ツナの声が、僕の鼓膜を震わせた。

授業はとっくに終わり、生徒のほとんどいない閑散とした廊下。
冬の太陽はもう姿を沈め始め、冷え冷えとした空気を肌に感じながら、僕は教室のドアの前で立ち尽くした。

忘れ物に気付いたのは、ほんの数分前。

それを取りに来たものの、教室内から聞こえてきた声に、僕は目的物を取りに入れないでいる。

まさか、告白現場に居合わせてしまうなんて。


「そうですか……分かりました」


中から女の子の声が聞こえたと思ったらその直後、教室の後ろ側のドアが開いた。

そして僕に背を向け、走り去っていく姿を目で追う。


あの子は確かC組の……。


話したことはないけれど、整った容姿のその子は仕草も可愛らしい印象がある。京子ちゃんやハルちゃん、そして髑髏ちゃんと並んで可愛いと評判の彼女が、まさかツナを好きだったなんて。

そんなことを思っていた時、今度は僕が立っている教室前方のドアがガラリと開いた。


「はぁ……うわぁぁあぁ!?」

「っ!?」


ため息をつきながら出てきたツナは、相当驚いたのか僕を見るなり大声を上げた。
あまりのオーバーリアクションに、こっちまで心臓が飛び出そうになる。


「なっ、え、六銭!? いつから此処に…」

「び、びっくりした……えーと、その、忘れ物しちゃって…」

「あ、ああ、そっか。ごめん」


何に対して謝っているのか、ツナは間が悪そうに僕から視線を逸らす。
僕も何に謝られたのか分からずに、「いや、大丈夫」と答え、視線を宙に漂わせた。

変な空気が流れる。
気まずい。


「そ、それじゃ、また明日ね」

「あ、うん。またな」


逃げるようにして教室に入った。

……って、何で僕が逃げるようにしないといけないんだろう。

わざと立ち聞きしてた訳じゃなかった。
ドアを開けようとした瞬間に聞こえてきた内容は瞬時に告白を思わせるものだったから、驚きが大きくて動けなかった。


しかも、まさかツナが告白されている現場だなんて。


まさか、とは言ったものの、ツナがモテ始めたのは知っていた。
幼なじみの彼は、ダメツナと呼ばれていた時から随分と変わった。みんなは高校に入ってから何だかしっかりしてきた、と言っているけれど、本当は中学の時から変わり始めていたことを僕は知っている。

なんだろう……どこが、とはっきり言えないけど、ツナの纏う雰囲気が変わった。

しっかりしたというか、たくましくなったというか。

それは高校に入ってから顕著になってきて、だからこそツナに対する噂とかはよく耳に入ってきていたけれど、C組の彼女もツナのことが好きだったなんて。


……忘れ物なんてするんじゃなかった。
好きな人がいるって言ってたけど、ツナはまだ京子ちゃんが好きなのかな。


そんなことを思いながら、明日の朝提出のプリントを取り出す。来年の今頃、特に関係が強くなってくる進路調査のプリントだ。
そしてそれを鞄に入れようとした時だった。


「六銭」


呼ばれた名前に振り向く。ドアの所には、てっきり帰ったと思っていたツナの姿があった。


「あれ、どうしたの?」

「いや……六銭はすぐ帰る?」

「うん、これ取りに来ただけだから」

「じゃあ一緒に帰らない? オレも帰る所だし」


それに暗くなってきたしさ、そう言いながら窓の外へ視線を向けるツナにつられて、僕も外を見た。
太陽は完全に姿を消したらしい。


「うん。ちょっと待って、これ入れちゃうから」


プリントを鞄に詰め込むと、僕は足早にツナの元へと駆け寄った。






2009.10.25.



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あきゅろす。
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