○
「…涼介っ!!」
ほら、今日も。
謙人は焦ったように俺の名前を呼ぶ。
だけど…返事なんてしない。
もう苦しみたくないから、これくらいの距離が幸せだから…。
今の、
今のちょっとした幸せがなくなるなんて嫌だ…
そんな事を考えながら、謙人を無視して暫く歩き続けていたが、途中で立ち止まった。
変な感覚に襲われる。
急に謙人の声が消えて、気配もなくなった気がした。
いつもなら秀明の部屋までしつこく着いてくるのに…
可笑しいなって思った。
ソッと振り返るとやっぱりそこに謙人が居なくて、とてつもない不安の波が押し寄せる。
矛盾してばっかりで馬鹿みたいだと思った。
それでも耐えきれずに、元来た道を歩く。
─どうして今日は着いてこないの?
そんな事を考えてしまって、不安で不安で仕方がなかった。
「……っ‥」
角を曲がった所で謙人を発見した。
だけど謙人は一人じゃなくって。
一緒に居るのは確か浮気相手の一人…。
─苦しいよ、
こんなのばっかりで苦しいっ…
苦しくなる胸の辺りをギュッと押さえ、一人その場を去る。
俺はやっぱり馬鹿だ。
ちょっとの幸せなんてないのに。
ねぇ俺って馬鹿だね。
謙人が名前を呼んで追い掛けてくれるなんて、そんな夢みたいな事…
ほんの少しの幸せで、いつかは終わるのに。
こんな事…知らなかった。
こんな簡単な事に気付かなかった…。
結局、謙人から貰う幸せはどれも苦しみに、辛さに変わってしまう。
きっと、幸せから足りなくなる一本の線は、謙人の気持ち。
俺がこんなに想っていても謙人に想いがないから、だから一本足りなくて…
1人の想いだけで幸せになれない。
俺は知らなかったよ。
知りたくなかったよ。
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