これ以上の悲劇はない
その後、部屋に帰る事が出来ず何となく由希の部屋へ向かった。
しかし何も出来なかった。
涼介の声が何時までも頭に残っていて、ぼんやりと涼介の事ばかりを考えていた。
涼介の声がずっと頭から離れなくて…
もう何もやる気が起きなかったんだ。
そして結局こうして部屋へ帰ってきてしまったのは、涼介を想えば想う程、涼介に会いたくて堪らなかったから。
「あれ…帰ってきたの?…ふふっ、オカエリ…。」
「っ……、」
俯きがちに振り向いた涼介の顔を見てゾッとする。
うっすらと笑んだ白い顔に薄っすら腫れている頬。
真っ赤な目。
昨日までとは様子の違う涼介。
思っても見なかった変化に、開いた口が塞がらなかった。
俺が居ない間に一体何があったのか…
空気が一瞬にして冷えていくように感じた。
「涼、介…何があったんだよ…。」
「……。」
俺の質問に答えてくれない涼介。
ちゃんと聞こえていたのか疑問に思い、もう一度繰り返し言ってみたが、やはり返事は返ってこなかった。
虚ろな目でぽーっと俺を見上げる様子は、何かを考えているようにも思えるし、何も考えていないようにも見える。
ただ見慣れないその姿が凄く妙で、どんどん不安を煽られていくのを感じた。
それでも急かされたように近付いていくのは、早くこの把握出来ない不安を消し去りたいと思っているからで…。
「…なぁ、本当どうし…っ、」
声が途切れ、体の動きもそこで停止する。
思わず息を呑む程の衝撃だった。
「お、い…何だよ、これっ…」
涼介の手首を掴む。
よく見るとそれは手形のようで、両手首にくっきりとついていた。
涼介は色白だからよく目立つ。
そして…ー
「…キスマーク…。」
そこを見つめ、低い声で言う。
自分で言って目の前が真っ暗になった気がした。
俺が居ない間に何があったかは知らない。
でも、俺が付けた痕じゃない事だけは確実だった。
俺以外の"誰か"が涼介に付けた痕……。
その"誰か"に怒りを覚える。
まるでコイツは俺のモノだとでも言うように、痛々しく主張するそれが許せなかった。
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