○
夢、じゃない。
アレは確実な浮気現場だった。
何あれ…。
何で?
…ど、して?
やっぱり、
…付き合ってないの?
勘違いだった?
一人で舞い上がって、ただの勘違いだった?
気付けば体が小刻みに震えていて、それを抑えるように膝を抱え込んだ。
『オカエリ、リョースケ』
声は聞こえなかった。
口だけを動かしていた。
でも俺には分かったんだ。
謙人が言った言葉が。
──だっていつも俺に言ってくれる。
笑って、
幸せにしてくれる笑顔で言ってくれた…
「お帰り。涼介」
俺は委員会に入っているから、時々帰宅が遅れる事があった。
そんな時、部屋に帰ると謙人は笑顔で待っていてくれて、いつも「お帰り」と柔らかく笑って言ってくれた。
「ただいま!」
ほんの些細なやり取りだけど、俺はこの瞬間が凄く好きだと思っていた。
─謙人の隣を許されていると実感できる瞬間。
─自分の居場所がココにあると安心できる瞬間。
『オカエリ、リョースケ』
いつものように語られた言葉には、あの暖かさや安心感は全くなくて、酷く冷たいもののように感じた。
「‥…りょうすけ」
突然扉の開く音がしたかと思うと、今度は謙人の声。
謙人は部屋に入って来るなり、俺に近寄り「ごめん」と抱き締めた。
何度も何度も「ごめん」と謝っては、強く抱き締めてくれた。
「ごめん、さっきのは違う。俺にはお前だけなんだ。‥もう、しないから…」
浮気してたのに?
違うって何?
どうしたらいいのか分からなくて、混乱する。
「だから涼介。なぁ、泣くなよ…」
いつの間にか体の震えは止まっていて、変わりに俺は泣いていた。
謙人は上半身に何も身に着けていない。
ズボンだけを履いている姿。
鎖骨に嫌らしく付いているキスマークを間近に見て、凄く気分が悪くなった。
「(…吐きそ……)」
現実を受け止めたくなくて。
泣き顔を見せたくなくて…。
俺は俯く。
謙人は子供をあやす様に背中や頭を撫で続けて、やっぱり俺に「ごめん」と謝る。
─謝るくらいなら浮気しないでよ?
そう言って、本当は思いのまま怒りたい。
なのに謙人が好きな俺は、許そうとしている。
許してあげよう、謙人を信じよう、って思ってしまう。
「もう、しないでね…」
謙人に抱き締められながら、謙人が俺を撫でる手を心地良く感じ、暫し目を瞑った。
(SIDE:涼介 END)
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