○
俺は個室から出ると、玄関の扉前に立った。
向こう側からはドンドン扉を叩く音と謙人の声が聞こえていた。
『涼介、居るだろ!!話したいから開けてくれ!!なぁ、』
「…ウルサい。」
『…………』
向こう側に、俺の声が届いたみたいだ。
今までしつこく響いていた音が一瞬で消えた。
『……りょうすけ?』
「こんな事されたら迷惑なんだよ。もう帰って。」
『涼介…少し話したい。少しでいいから…。だから開けてくれ。』
「何も、話すことはないよ。」
別れた俺達には話すことはないと言う俺に、どうしても二人で話したいと言う謙人。
こんな脈絡のない会話が暫く続いた。
だけど分からないんだ。
今更何を話せばいいのか…、
全く分からないんだ…。
「話す話すって、今更何話したらいいか分かんないよ…」
平凡な事を話す訳でもなく、愛を語る訳でもない。
それでは一体、何を話すというのか。
俺には分からない。
『だったら…、涼介は何も話さなくていい。俺の…俺の話を聞いてくれるだけでいいからっ。だから‥、こんな所じゃ、なくてさ…、目見て、話したいんだ…』
ゆっくりと言葉を探しながら話す口調に、謙人の真剣な気持ちを感じた。
だけど、
だけど、
自分の中に迷いが生まれる。
俺は
謙人に向き合わなきゃいけないのかもしれない。
逃げちゃ駄目だと、そう思う。
でも話したくない。
これ以上は傷付きたくないから…。
「やだ…、」
『涼介…、このままで終わりなんて納得いかない、…俺は、…』
分かってるよ。
拒んでみたってそれでも俺は向き合わなきゃいけないんだ…。
ただ扉を開けるのがなんだか怖くて、ドアノブを握った手が震えていた。
この扉を開けて、後は話さえ聞けば…それで謙人は納得してくれる。
ただそれだけなのに…。
──ガチャッ‥
久しぶりに真っ正面から見た謙人は、情けないような切ないような‥
そんな表情でこちらを見つめていた…。
「りょうすけ…、」
「部屋、行こっか。」
何故か謙人を見ていられなかった俺は、俯きながら長い廊下を歩き出した。
二人の部屋、幸も不幸も詰まったあの部屋へ…。
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