04
つくづく思う。
俺は誰にも求められていないのだと。
「田代祥平!あんた自分がやってること分かってるの!?」
キャンキャン犬に吠えられるように、知らない人から声を掛けられる事が多くなった。
そして決まって言われることは、鳴海様に近づくなやら生徒会の友達には相応しくないやら、ぶっ飛んだ内容だった。
「お前ら誰だよ!」
「さぁね〜、恨むなら天野隊長を恨んで。」
「僕らは天野隊長の言われた通りに動いてるだけだし。」
「だからごめんね。」
そして同じぐらい良く出た名前が天野彼方だった。
俺はこのよく分からない絡まれ方をされ始める前までは、彼方とそれなりに仲良く話していたはずだ。
なのに、その気持ちとは裏腹に奴の差し金だから悪く思うなと何度も聞かされ、最後には暴行まで受けてしまった。
「仲間を利用して俺にこんなことを…!!」
意味が分からず怒鳴る俺に、彼方本人や他の数名が"天野彼方の無実"を主張する。
「天野…何故祥平をこんな目に…。」
要に至っては、彼方を見るなり無表情ながら信じられない感じでボヤくほど、印象はシロに近いらしく、どうしたものかと戸惑うしか無かった。
そんな戸惑いを置いてけぼりに、後にバリカン事件と語られる馬鹿馬鹿しい茶番が目の前で繰り広げられた。
誰も言わないが、俺からしたらコントでしかなく、信じられないものを見た感覚だった。
「祥平…大丈夫か…?」
「あ…うん。」
親衛隊御一行様が去った風紀室に訪れた静けさに、俺の複雑な心境だけが残された。
あぁ、なんて馬鹿げた茶番だろう…。
要の心配そうな声を余所に遠い目をする。
土下座なんて本当にする人が居るんだとか、結局何がしたかったんだろうとか、色々言いたい事はあったけど…
彼方に指示された通りに髪の毛を箒で掃いて掃除する神谷や、天野は何者だと興奮気味に話す正義の姿を見て何も言えなくなった。
あの事件から数日後、幸い怪我も浅かった俺は普通の日常を取り戻していた。
とは言え、相変わらず"友達"は居なかったが。
ただ今更ながらカルチャーショックを受けたのが、この学園では同性愛が常識と言う事実だった。
「田代君、本当に申し訳ありませんでした。」
後日、彼方と松坂、真木の三人が改めて謝りたいと俺の部屋にきた。
背後の二人は借りてきた猫のようにショボくれていて、あの叫び倒していた勢いが嘘のように思える。
ひとまず三人を部屋に迎い入れて、話を聞く事にした。
「田代さ…簡単に親衛隊を部屋に招かない方が良いと思うけど。」
入って早々に言う松坂に俺は鼻で笑った。
「自分達が過激な自覚はあるんだな!」
「はぁ!?」
「松坂君!!今日は喧嘩しにきたんじゃないですよね?…それに、正直に心配だって言えば良いじゃないですか。君はいつも回りくどいからこうやって…」
「あーもーもー!天野分かったから説教垂れないでよ!」
ほんのり頬を赤らめてフンっとそっぽを向いた松坂に、彼方がクスッと笑う。
その柔らかい空気に、先程の発言が俺を心配しての事だと分かる。
「松坂…ありがとな!」
「…っ別に、お礼言われる事なんてしてないし…しかも謝るのは僕の方だよ…。本当に、すみませんでした。」
今度は土下座ではなく、ごく自然に頭を下げられる。
その様子に思わず本音が漏れてしまった。
「この学校頭おかしいじゃん……。」
「え……?」
「あ、いや…土下座とかバリカンとか茶番過ぎて…あまり納得して無かったんだよな…。親衛隊もそうだけど、前の学校には無かった事だからさぁ…」
結構マジなトーンで話すと、それが意外だったのか皆んな驚いた表情をしていた。
「確かに…僕のおふざけが過ぎた部分もあります。投げやりになっていた…と言うのが正しいとは思いますが…。親衛隊に関しては正確な認識が無かったんですか?」
ウーンと考え込んで話す彼方の複雑そうな顔に、そう言えば彼は冤罪の被害者であることを思い出した。
「そうだな…今更だけど生徒会ってアイドルなのか?親衛隊はファンってこと?…それって同性愛が普通ってことだよな…?」
「えっ…今まで何も知らなかったの?」
拍子抜けした…と言った感じで今まで黙っていた真木が発言する。
「だって俺共学に通ってたし…、」
「でも…!身なりくらいはもう少し整えた方が良いんじゃない!?」
松坂の主張は、何も知らなかったにしろ髪の毛をどうにかしろと言うことだろう。
あれから更に髪の毛は伸び、かなりヤバイ人になっている自覚はある。
どうしたものかと項垂れた。
そんな俺に松坂や彼方が学園の常識…生徒会は人気投票で決まっていること、その大前提として同性愛が普通であること、親衛隊はそのファンの集まりだと言う事が伝えられた。
そっか、同性愛が許される世界がこの世にあるのか…。
俺は急に訪れた知らない世界が信じられなくなって、そして少しだけ本当の自分で居られる気がしてきた。
「俺さ…前の学校で上手くいかなかったんだよ…この顔の所為で。その…女顔だからさ…好きな人にも馬鹿にされて、辛くて…だから顔…出したくないんだよ…。」
突然の暴露に静けさが訪れた。
自分のこと話すのって、緊張するのな。
いつも適当に発言してる俺にとっては滅多にない経験で、ドクドクと心臓が高鳴った。
「生徒会の皆様は…その事知ってるの?」
「いや、知らない。だから、事情も知らないのに仲良くしてくれる皆が好きなんだ。特に大聖と要は本当に良くしてくれるんだ。」
「……、」
松坂は暫く黙って、また話し出した。
「そんな鳴海君だから僕達は好きになったんだった…。ねぇ、真木?」
「そうだね…なんて馬鹿な事をしたんだろう。田代君、本当にごめんなさい。」
「僕も、ごめんなさい。」
薄っすら目に涙を溜めて、また謝罪をされる。
きっとこの人達は本当に要の事が好きなのだろう。
人を好きになる気持ちは分かる。
「あの人達に救われているのは本当だから、これからも仲良くさせて欲しい!」
俺は頭を下げてお願いした。
「僕達に許しを請うのは違いますよ…、」
「でも、俺がこの学園の暗黙の了解を破っているなら、そこに寄り添っていくのは筋として間違ってないと思う。だから認めて欲しい。」
彼方の戸惑った声に、もう一度頭を下げる。
「こうやって面と向かって言われると…確かにこの学園可笑しいかもね…。田代、もう頭上げてよ!もう良いから!」
「良いのか…?」
「だって…鳴海君がヒーローになってるのを邪魔するのも変な話だし!!だからこの話は終わり!もし今後アンタを制裁しようとする奴が出てきたら僕らが止めるから!」
「松坂君、よくその口で言えますね。」
「っ…分かってるよ!でも隊長は天野なんだから、アンタさえブレなきゃ大丈夫でしょ!?」
フンっと相変わらずな態度を見せる松坂は、どうやらツンデレらしい。
その姿に苦笑いする彼方は、それでも優しい眼差しを送っている。
この二人…なんだか良い関係だなぁと微笑ましくなる。
「ありがとな!今日は来てくれて!」
つくづく思う。
俺が一体誰で、今後どうして行きたいのかと。
でも今は少しだけ、本当の自分を出す勇気が出た気がしてきた。
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