06
「すみません付き合ってもらって。明日も学校なのに夜更かしは良くないですよね。」
「いや、眠れなかったし丁度良かった。それよりも体調は平気か?」
「はい、だいぶ良くなりました…。せっかくなので、田代君が寝落ちるまでお話しませんか?」
彼方の綺麗な目には眠気という文字が無い。
一方の俺も、元々なかった眠気が更に飛んでしまったようで、もうしばらく彼方と話すことした。
そう言えば…今まで彼方とこんな風に話した事なかったな…。
勢いで応援して欲しいなんて言っちまったけど、彼方の恋愛事情ってどんな感じなんだろう。
「彼方って恋人居たことあんの?ちなみに俺はない。」
「…急ですね。中学の時は普通に居ましたよ。共学でしたし。」
「だよなー。」
分かってはいたが負けた感覚。
しかも普通にってつける所がまた憎らしい。
「田代君は髪の毛を切らないんですか?今こうやって僕の前で顔出しが平気なら問題なさそうですけど…。それに後になればなるほど身動き取り辛くなりそうですし。」
「そこなんだよな〜。タイミングが無さ過ぎて結構問題だったと言うか…。」
「じゃあ是非に切りましょう!風紀の刈屋君はご存知ですよね?彼は将来有望なカリスマ美容師なんです!」
それはもうキラッキラした笑顔で詰め寄られ、深夜のテンションもあり頷いてしまった。
正直にあの落ち込みの酷い要と付き合う…なんて望みは薄いけど、今の俺じゃ土俵にも立てていない。
まずは最低限の身だしなみを整える事が必須だった。
翌日の放課後、真夜中の会議で話し合った件がさっそく実行された。
「彼方見ろ、イケメン爆誕。」
「おぉ…イケメンすぎてイケメンという言葉以外出てこない。」
刈屋と彼方の二人がポカーンと口を開けているのをむず痒い気持ちで見つめ返す。
久々にサッパリした髪型の自分に慣れるには、少々時間がかかりそうだった。
「あれ?もしかして伊達眼鏡?」
「あ〜…まぁ…実はな。もう要らないか。」
ヒョイっと取ってポケットにしまうと、より視界がクリアになった。
「鳴海の野郎には勿体無いなぁ…。」
「分かる…。」
「一回アイツの頭丸くしたら釣り合うんじゃね?」
「分かる…!!」
二人が爆笑し始めたので、今度は俺がポカーンとしてしまった。
本当は要の事が嫌いなのか?と思うほど、笑い方がかなり下品だ。
その姿が、数ヶ月前に捨ててきた友人達のノリに酷似していて、少し不快な気分になった。
「あぁ…すみません。田代君の好きな人なのに…、」
「本当は嫌いなんだろ…?」
「うーん…まぁ、あれだけ突っかかった言動を繰り返されて好きにはなれませんよね。」
今更謝られても遅いが、昨日の発言とは打って変わり、苦笑いを浮かべる彼方のコレが本心なのだと知る。
俺にとっちゃ良いのか悪いのか…恋敵としては安心出来るが、やはり腹立たしさも感じてしまった。
「まぁ僕なんか虫けら同然ですから、相手してもらえてるだけ良い方なのかもしれませんね。そう思うと会長は優しい方だとは思います。」
「そんな…」
「田代君、全力で応援しますね!」
にっこりと笑われ、複雑な気分に陥った。
自分で協力を仰いだ癖に、いざ後押しされると『お前にだけは言われたくねぇ!』という気持ちが押し寄せてくる。
だって…彼方の方が絶対に意識されてるし、人気もあるのに。
それを僕なんかって下げてさ…椿が彼方に冷たい言葉を放っていた理由が理解できてきた。
この人は何かこう…自覚が足りないんだよな。
髪の毛を切った翌日から、周りの態度が明らかに変わった。
以前より増して見られてるような気がするし、やたらと声もかけられる。
内容は至って平和なもので、可愛いカッコイイという容姿に関する事だった。
そこで今までの制裁イジメが、顔を隠したせいで損なわれた清潔感の無さからだ…と今更気づき、こんな事なら最初から普通にしておくべきだったと後悔した。
「大聖〜!文也〜!」
「はい!…えっと〜」
「久しぶり!」
お昼休み、食堂への行きしなで何人かに誘われる中、全員お断りして大聖と文也を捕まえた…は良いが、知らない生徒だと思ったらしい。
二人にキョトンとした顔を向けられ、その表情の可愛さに思わず笑ってしまった。
「髪の毛切ったぜ!」
「…!祥平クン!?」
「おぉ…随分さっぱりしたな。似合ってる。」
大聖が驚いて停止している隣で、文也がほぉ…と顎に手を添え、上から下まで凝視してきた。
やっぱり知り合いに見られるのが一番恥ずかしく、むず痒い気持ちになってくる。
「サンキュー…。それより、ご飯一緒して良いか?」
俺はそれを誤魔化すように、本来の目的であるご飯に誘った。
せっかくの水入らずな時間にゴメン…とは思ったが、俺だってこの二人に癒されたい。
各々トレーを持って向かったのは、生徒会や風紀の人達がよく使っている席だった。
当然ながら見知った人達が既に着席していた。
中でもいち早く目に入ったのは数日振りに見る要の姿で、緊張から胸が高鳴ってきた。
「珍しいお客さんを連れてるな。」
そう声を掛けてきたのは風紀委員長である正義だった。
奇妙な物を見るような顔で俺の顔をまじまじと見つめてくる。
いつだったか「生徒の顔と名前を全員覚えている」と、得意げに話していたのは強ち間違いではなかったらしい。
「じゃあ俺から紹介するね!こちら、田代祥平クンです!」
ニコニコしながら大聖が紹介し、文也が横で拍手を始める。
思いがけない紹介にペコっと頭を下げると、周りの人達が一斉にこちらを見て、驚いたような反応をしてきた。
そんなに驚かなくても…というか、ビフォーが酷すぎたのか…。
「アレ?お披露目会の最中?そんな楽しそうなこと俺らも呼べよ〜!」
背後から近づいてきた声の主は刈屋だった。
一緒に彼方と神谷の二人も居る。
「あっ、昨日はありがとな!」
「イヤイヤ〜!むしろ実験台になってくれて助かったわ。」
「実験台!?えっ怖…!そんな綱渡り歩いてたのか俺!?」
「だって俺プロじゃねーもん。一応は勉強してるけど…。」
刈屋から恐ろしい事実を聞かされて体が震える。
失敗されなくてマジで良かった…。
「刈屋クンが切ったんだ〜。本当に上手だね〜。」
「青柳に褒められた。俺すごい。」
俺たちは未だ座らずに会話を続けているが、彼方と神谷の二人はすぐに着席し、ご飯を取り始めていた。
何というか…マイペースだよなぁ…。
「でも二人ってあんまり接点なかったでしょう?」
次に口を開いたのは椿で、かなり楽しそうな表情で聞いてきた。
椿も本当に顔にでるよな…。
「彼方からお願いしてもらったんだ。」
「…天野君とそんなに仲良かったかな?」
「命の恩人ですね。」
椿との会話に割って入ってきたのは天野彼方本人だった。
前回同様、食べることに必死なようで、ラーメンを食べる手は一向に止まらない。
「僕のピンチに助けて貰ったので、お礼をしたまでです。お陰で今こうやってラーメンを食べれてますし…感謝永遠に。」
「大袈裟…って言うか、その台詞言いたいだけだろ!後めっちゃ食うな!」
「そんな君にツッコミ大臣の称号を与えよう。」
「要らねぇわ。もう本当…もう良いや…。」
ファーストコンタクト時の爽やかなイケメンは何処に…と思うほど、かなりノリが良い。
言いたい事は色々あるが、言葉を探すのを諦めてとりあえず着席した。
この人、絶対に詳細話すのが面倒なだけだろうな…。
その証拠に、相変わらずコチラを一目する事もなくラーメンを食べ続けている。
「お前…」
「あ……変かな?」
運良く要の目の前に座れて、声を掛けられた事に心臓がドキッと跳ね上がる。
ちゃんとした視界で見ると、イケメン過ぎてまともに見れない…。
「変ではないが…天野といつの間に仲良くなったのか疑問ではあるな。何があった?」
物凄くガッカリした。
口を開けば天野、天野。
俺の髪型や顔出しの事は眼中になく、彼方との関係性が最も気になるらしい。
あぁ本当にコイツは…。
「これからの学園生活で彼方と仲良くしてて損はないって言ったの要じゃん。」
「そうだが前に制裁だって…」
「もう終わった事だし掘り返さなくて良いよ。仲良くしようぜ、な?」
こんな時に笑うのは得意だ。
だって、こんな良い環境を失いたくない。
また今日から新しく、ここでの生活を始めるのだから…。
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