03
「鳴海君…今から話したいんだけど良いかな?」
授業も最後の挨拶も終わり、そう声をかけてきたのは昼過ぎになって教室へ戻ってきた松坂だった。
「もちろん天野も入れて、だよな?」
「…まさか。病人なんだから大人しく寝てるよ。だから代表して僕らで話そう。」
「代表…?もう"隊長"気取りかよ。」
フッと鼻で笑うと、松坂は目を細めて怒ったような顔をした。
俺に対してそんな表情を見せること自体珍しいが、言ってしまったことは変えられない。
「ムカつく。」
「……。」
「もちろん僕1人じゃ不安だから、誰かに入ってもらおうと思ってるよ。風紀とかね。なんならこの教室で話しても良いけど。」
天野と言い松坂と言い…俺の親衛隊は俺の事が余程キライらしい。
仮にも好きな奴にムカつくとか言うか?
それとも実は松坂も天野と一緒で好きでもないのに入った口か…もうどうでも良いが。
クラスの連中は、帰る者も居れば、野次馬に残る者、同じ立場として様子を見守る親衛隊関係者や生徒会、風紀など、各々が俺たちの様子を伺っていた。
「正直、天野は親衛隊を辞めた方が良いと思う。もし僕のこの発言が利己的な理由で発言しているように聞こえるなら、僕も一緒に除隊します。」
松坂の意外な発言を聞き、眉間にシワが寄る。
隊長だけならず、副隊長までどうした?
「そんなに俺の事が嫌いになったのか?」
「好きとか嫌いとか…そんなコト関係ないよ。他に優先すべきことだってあるし、大切なのは立場じゃないでしょ?」
「隊長になれなかった時に騒いでた奴がよく言うな。しかも祥平を傷つけた上に平気で制裁なんてするような思考の持ち主が今更なにを言うんだか。」
「…なんでそんな言い方しか出来ないんですか?昔の話を引き出さないで下さい…。」
罰が悪いのかウッと顔をしかめた松坂を鼻で笑う。
こんな最低な奴を副隊長にした並木先輩の人を見る目を疑いたくなった。
辞めるなら天野じゃなくてコイツだろ?
「会長ってそんなに彼方に辞めて欲しくないの?」
「はぁ?」
声のした方を見ると、行儀悪く片足を椅子の上に上げ、頬杖をついた刈屋が気だるそうにこちらを見ていた。
「アイツ…生徒会にこそ入れなかったけど、成績首位守り続けて、親衛隊隊長もやって、その上総括もしてさ…周りからは友達居ないって勘違いされてるぐらい必死な奴がもう無理だって言ってんだから助けてやろうよ。」
きっと俺が知らない天野彼方を刈屋は知っている。
だからそんな事を言えるんだ。
「天野は途中で逃げるような弱い人間なのかよ?」
「まぁ…逃してやろうぜ?別に彼方も会長のこと憎くて辞めたいんじゃなくて、身体がついていかないから辞めたいだけだしさ。」
「そんなひ弱な人間だったか?」
「ほんと…会長には彼方が強く見えてんだなぁ。いや、この半年間さ、親衛隊のことやって、最近は制裁騒ぎの対応もして、寝る間も惜しんで勉強って…限界なんだと思うよ?こうなるの分かってて本当は入りたかった生徒会入り辞退したのに、結局は並木先輩の頼みを断れなくて自分の仕事増やしてる辺り自業自得だけどな。」
ザワッと周囲がうるさくなる。
生徒会に入りたかった?そんな話、聞いたことがない。
そもそも本人が生徒会には入りたくなかったと幾度も言っていたし、先ほども皆んなの前でハッキリと言ったじゃないか。
「あの取り乱した彼方みて、会長だって可笑しいと思っただろ?アイツは限界なんだよ。」
「そんな…親衛隊ごときで大袈裟…、」
「そう思うなら。"親衛隊ごとき"一人や二人辞めても問題ないよなぁ?」
完全に墓穴を掘った。
いや、そもそも俺は何がしたいんだ…。
別に俺には天野を引き止める理由なんてない。
あれだけ嫌われていて、これだけ揉めてるのに…俺は何故こんなにも必死なんだ?
「……分かった。好きにしろ。」
吐き捨てて教室を出る。
松坂の引き留めるような声や、刈屋の「勝ったぜー!」という馬鹿な叫び声が聞こえてきたが、今は一人になりたかった。
翌日も教室には天野の姿が無かった。
次に天野に会ったのは三日後の体育終わりで、ゾロゾロと教室に戻る道中…職員室の前だった。
「学校辞める。」
その声は、職員室の前で座り込んでたむろする生徒達の中心から聞こえてきた。
「今のはどう言う事だ?」
「イヤイヤちょい待ちー!待ったー!これ彼方が勝手に言ってるだけで正式じゃないから!」
顔を上げてコチラを向いた生徒は、まだ体操着のままの刈屋と神谷の風紀コンビ、そしてスウェット姿の天野彼方だった。
なぜ?天野をここまで追い詰めるほど、学園での生活が苦しかったと…?
俺の記憶では、いつだって天野は澄ました顔をしていた。
俺の嫌味に対して嫌悪感を示している事は多々あったが、何かに悩み苦しんでいる気配は感じられなかった。
「なぜ…?」
無意識に口から出た言葉は他の生徒の声に掻き消された。
周りに居る連中も口々に「なんで?」と声を上げている。
その問いかけに何を考えているのか、天野は無表情のまま一瞬だけ微笑し、そして俯いた。
「何故と聞かれても…。君達にあって僕には無いものが大き過ぎるんです。だから、もう辞めたい。」
「それは、僕達に無くて天野にあるものもあるんじゃない?」
背後から聞こえてきた松坂の言葉に天野はピクリと反応し、そのまま立ち上がってコチラへと向かってきた。
俺の横を通り越す。
そして松坂の目の前で立ち止まった天野は、こう言い残して立ち去った。
「そうかもね。ありがとう。」
果たして…いつもの様に天野は笑っていたのだろうか?
俺の居る位置からは見えなかったが、声の低さから相当疲れている事だけは分かった。
つくづく、俺は天野彼方の事を何も知らないのだと思い知らされた。
そして簡単に素通りされるほど…奴の眼中に俺は居なかった。
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