02
結局、天野は週明けに登校してきた。
しかし、いつもの憎たらしい笑みはどこにもなく、似合わない絆創膏を貼り、無愛想な表情を浮かべていた。
唯一変わらないのは早々に仮眠を取り始める事ぐらいだが、そんな奴に話しかけるのはノートを頼まれていた神谷1人だけで、他はみな様子を伺っていた。
「ふてくされてても良い事ないよ。……村おこしは辞めるの…?」
「休憩なう。」
「分かった。」
神谷曰く不貞腐れているらしい天野は、授業が始まるなり頭を起こしてシャーペンを気だるげにカチカチしだす。
姿勢の悪い猫背に頬杖。
虫の居所が悪いことは確かだった。
「松坂君、良いですか。」
「は、はい…。」
一限が終わり、天野は松坂に話しかけた。
天野が教室で口を開くこと自体珍しいので、自然と注目が集まる。
そして次に聞こえてきた言葉に俺は席を立ち上がった。
「僕は親衛隊を辞めます。隊長は松坂君に、副隊長は真木君にお願いしたいです。」
「天野、そんな話聞いてないぞ。」
「今言いましたから。」
「…何故辞める。」
「理由は単純です。もう疲れました。学業を優先にしたいのでこれ以上は続けて居られません。」
学業優先だと…?
学年首席の分際でよく言えると、眉間にシワが寄るのが自分でも分かった。
そんな理由では納得出来ない。
一体この一週間で何があったのかは知らないが、あの天野彼方がここまでやさぐれているのだから、きっと裏には何かがあるはずだ。
「天野、ちゃんとした説明がない限り俺は認めねぇからな。」
ギロリと睨み付ける勢いで天野の顔をまじまじと見つめると、心底疲れたような顔をしていた。
一瞬あった目も逸らされ、話し合いは次の休み時間に持ち越しとなった。
「話を聞かせてもらおうか。」
「先程も言いましたが勉強に力を入れたいので。」
「だから親衛隊が邪魔だと?」
「言い方がアレですが…まぁ、そうですね…精神的な負担を減らしたいです。」
精神的な負担。
天野は本当に勘に触る言い方をする。
「精神的な負担になるなら、どうして俺の親衛隊に入った?」
「……生徒会に、入りたくなかったんです。ただ、どうしても入って欲しいと教師陣に説得されて…体良く断るには親衛隊に入るしか方法が無かったんです。並木先輩も居ましたし…それがまさか隊長に選ばれるなんて予想外でしたけれど。」
出た、並木先輩。
天野はいつだって並木先輩の存在を強調する。
そんなに先輩が好きなら先輩の親衛隊でも作れば良かったものを…好きでもない俺の隊に入っただけならず、よくも隊長を名乗れると益々腹立しくなった。
「並木先輩が好きなのか?」
「…だから!それは違うって前に話しましたよね?何回も同じこと言わせるの辞めてもらえませんかね?」
今まで能面のように無愛想で、相変わらず疲れた様子だった天野が、急に怒った顔で声を荒げだした。
これには俺も驚き、クラス中が流石にただ事ではないと痺れを切らして、数人周りに集まり始めた。
「彼方〜落ち着けって、な?」
「いや、前から会長の僕に対する態度にはうんざりしてたし。僕より試験の点数が低いからって嫌味ったらしく突っかかってきて、文句垂れる時間があるなら勉強しろ。てゆーか田代に構ってないで勉強しろ。」
「っ…チッ!」
刈屋の制止の声が一切耳に入ってこないのか、爆発したように暴言を吐き出した天野に思わず舌打ちが出る。
なぜ公然の場で成績の話を…!!!
しかも祥平は関係ないだろ!?
「今その話は関係ないだろ!!」
「いやいや、アンタ記憶力無いみたいだからもう一度言うけど、僕は生徒会入りの辞退と並木先輩が居たから親衛隊に入っただけで会長様は眼中に無いし引き止めるとか意味不明。本当きっしょい。」
「テメェ…!!!」
マジでコイツ!!!
俺も天野が嫌いだが、どうやら俺も相当嫌われていたらしい。
こんな奴が俺の親衛隊の隊長だと?
マジふざけやがって!!
「落ち着け鳴海。」
「お前仮にも会長だろ?落ち着け。な?」
野々村と柚季が俺を抑えつけてくるが、風紀なんて無視して天野を一発でも殴ってやりたかった。
成績の事だけは言われたくなかったのに…!!
まだ生徒会の連中以外にはバレてなかったことを堂々と口にしやがって…!!
「…彼方、めっちゃ熱あるじゃん!?なんで学校きてんだよ!」
「え?本当だ…え?ヤバイ!熱いって!」
「天野大丈夫か…?うわ、マジで熱じゃん…、」
より一層騒がしくなったのは、天野が熱に浮かされていると発覚したからだった。
クラスの中でも一番身長が高い刈屋と夢野の二人が、天野を無理やり俺から引き剥がすように移動させていく。
「会長すみません。彼方のやつ、本当に熱でどうにかなってるみたいで…ちょっと冷静じゃないんですよ…」
何故か神谷に謝られ、イラつきながらも冷静さを取り戻そうと息を吐き出す。
そんな殺伐とした空気の中、天野がボソリと呟いた。
「もうどうでも良い……、」
「何がどうでも良いんだ?」
少しは冷静を取り戻した声で問いかけたが、天野は答えることなく抑えつける二人の手を振り払うように歩き出した。
それでも刈屋と夢野は手を離す気がないようで、一緒になって教室の外へと向かい始めた。
「悪い、代表で松坂も一緒に付き添いしてくれ。」
「わ、分かった…!」
何故ここで天野と仲が悪いはずの松坂を付き添いに選んだのか刈屋の判断が理解できない。
4人が出て行く姿を見届けながら、そんな事を思った。
「天野は大丈夫そうか?」
「はい。念のため松坂がもう少し付き添ってくれるみたいです。」
授業に戻ってきたのは、刈屋と夢野の2人だけだった。
俺の心境的に今は授業どころではなく、内容が全く頭に入ってこない。
風紀が揉め事を伏せた上で教師に事情を説明している様子も、ただ見ることしか出来なかった。
なぜ…風紀の刈屋ではなく松坂が残ったのだろう。
俺が居ないところで親衛隊の話がしたいからか?
俺の親衛隊なのに…なぜ関係がこんなにも拗れるんだ。
ボーッとした頭でそんな事を考える。
俺が見て感じてきた天野、噂、そして先程の発言…熱に浮かされているからといって、平和主義を豪語する人間があんなに怒鳴るはずがない。
何があって、天野はキャパオーバーになった?
そんなこと、幾ら考えようとも分かるはずがなかった。
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