01

つくづくと思う。

天野彼方は一体なにを考えているんだと。



「会長。おはようございます。」


月曜日の早朝、その日は朝から生徒会で仕事があり、登校前の何時間も早めに起きていた。

面倒だし早く仕事を片付けようと部屋を出た所、一度見たことのある豹柄の入ったスウェットに黒縁の眼鏡、背中には大きな鞄を背負った天野と鉢合わせた。


「こんな時間に何してる?」

「そういう会長は?」

「俺は仕事だ。」

「朝から大変ですね…。頑張ってください。応援しています。」


早口で言って立ち去ろうとする天野の肩を掴み、無理矢理こっちへ向かせる。

質問を質問返しした上に自分だけ何も言わずに立ち去ろうとする根性が腹立たしい。

応援しているなんて口だけで、どこか他人事のように冷たい言いぐさも癇に障った。


「どこ行ってた。」

「ちょっと外の空気を吸っていました。」

「そんな大荷物でか?」


苛々を隠さずに低い声で言うと、天野はあからさまに嫌そうな顔を浮かべて俺の目を見た。


「友人の家です。」

「毎週のように訪ねて毎週のように朝帰りする友人な。」

「…あぁ、例の噂ですか。」


どんどん空気が悪くなる中、天野はいつもの笑みを顔に張り付けた。

しかし目の奥は濁っていて、嫌味を含んでいることは明らかだった。


「会長があんなものを信じるなんて…会長も落ちましたね。」

「なんだと…、」

「まさか会長がそんな人だとは思いませんでした。失望しましたよ、本当。」


ふわり、天野は笑って俺の耳元で囁いた。


「もうこの話は二度としないで下さい。」


頭の中で響いた天野の湿った声は、あまりにも綺麗でゾクリとした。

どうやら俺は間違っていたらしい。

俺はまた天野が分からなくなった。





次に天野を見たのは、その日の教室だった。

同じクラスなので当たり前の事ではあるが、いつもと違うのは天野が休憩から授業まで仮眠を続け、全く起きる気配が無かったことだ。

それは先生が諦めるほど深い眠りのようで、流石に天野嫌い代表の俺でさえ心配になった。


「天野ー!天野隊長ー!天野起きろー。」

「チッ…るさいなぁ、」

「はぁ!?心配してるのにウルサいって!」

「あぁ、松坂くん…スイマセン。」


俺の隊に所属する松坂と真木の2人が起こしにかかる様子をクラス全体が見守る中、ガラガラに掠れてもなお綺麗な声が響き渡る。

一応目は覚めたようだが、猫背気味に顔を伏せて手で顔を何度も擦っているあたり、あれだけ寝ても睡眠が足りてなさそうだ。


「うーん…眠いなぁ…。今は何時間目ですか…。」

「三限終わったとこ!次は四限だよ!」

「四限て…学校来た意味ない…。」

「知らないよ!てかしんどいなら保健室行けば?着いていって上げない事もないけど!」


ガタン…と思わず立ち上がり、天野に「保健室に行くか?」と尋ねた。

周りから見れば俺が天野を心配しているように見えたのだろう。

微かに教室がザワつき始めたが、今はそんな事どうでも良かった。

あの天野が寝不足になってでも優先して外出している訳や、遊び歩いている噂の真相…。

このタイミングで聞かないといけない様な気がした。


「いえ、大丈夫です…。顔洗ってきます。」


拗れに拗れた俺たちだ。

今更俺の手を取るわけもなく、教室を出て行った天野にハッとして席に戻る。

静かな教室に居心地が悪くなり、うなじに手を置いて軽く気を紛らわせるが、言ってしまったことは仕方がない。

俺だって嫌いと言うだけで、体調の悪い人間をどうこうするつもりなんてない。


「神谷。」


前髪が少し濡れた天野が教室に戻ると、風紀委員の1人である神谷の名前を呼んだ。

天野の席は教室の真ん中だが、神谷と刈屋の風紀コンビは1番後ろの席に座っているため、自然とクラス全体にその声が届いた。


「やっぱり帰るからノート宜しく。」

「あいよ。」


予想外の展開についていけぬまま、天野は帰っていった。


「何で俺じゃなくて神谷なんだよぉ。」

「それはお前の字が汚いからだね。」


風紀コンビのそんな会話も聞き取れるほど、教室は静かだ。

"人気者ゆえに友人が居ない天野"と言う正直に可哀想な噂もあるほどだったが、俺たちの知らないところで風紀との繋がりを濃くしていたのだろうか?

そんな疑問を真っ正面からぶつけたのが風紀委員代表の野々村だった。


「お前たち3人は仲が良かったのか?なんで今まで言わなかったんだ。」

「いや、まぁ普通に?同じ外部入学生同士でクラスも一緒だしな〜。まぁ神谷さんが人見知り激しいし、わざわざアピる必要性も無かったよな。」

「…うるさい。そもそもはオープンスクールで同じグループだったのも大きい。中3の時点で連絡先交換してたから、連むには1番手っ取り早かったのもある。」


それは初めて聞いた3人の関係だった。

風紀だから…ではなく、元々仲が良かったと言うのが正しいらしい。


「それは意外な新事実だな…ところで天野は大丈夫なのか?」

「知らね。」


野々村の質問にたった一言答えた刈屋の言葉と共に先生が教室へ入ってきた。

仲が良いと言う割に素っ気ない返答をすることから、その程度の関係でもあると憶測した。





「天野は休みか。珍しいな。」


次の日から、天野は学校に来なくなった。

教師が珍しいと言うくらいには、どれだけ眠たそうでも休むことだけはしなかった男だ。

容姿端麗で勉強が出来て余裕もあって遊び人の天野彼方。

果たして本当にそうだろうか?


「笑えてなかった…、」


天野は自身の悪い噂を知っていたようだが、あの噂がもし違うとすれば聞いて良い気はしないはずだ。

それでも笑ってやり過ごそうとすることに何の意味があるのだろう。

その笑顔の裏には何がある?

天野が居ない教室、どこか物足りない空席に、天野の弱さを始めて見た気がした。





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