06

つくづくと思う。

近頃の忙しさは尋常ではないと。

まず、祥平への制裁が想像以上に多かったという事実が発覚した。

多少の被害があることを想定して、前もって本人や風紀にも根回しをしていたものの、そう簡単にはいかなかったらしい。

この事実が発覚したのは例の姫路や松坂による大々的な制裁で、『連絡ミス』が事の発端だと奴は語った。

姫路も天野も相変わらず頭が出来ていないらしい。

そんな嘘をよく平気で吐けるものだ。

俺は正直、天野が俺への嫌がらせの為に制裁を企んだのではないかと踏んでいる。

何故なら俺の知っている天野いつも、引きつった顔、困ったような顔、呆れた顔、嫌な顔、人を馬鹿にしたような顔をしている。

そう、天野彼方は皆が思っているような王子様なんかではなく、人を不幸へ陥れる悪魔なのだ。

俺はこう結論づけて、今にも爆発しそうな精神を保っていた。




消灯時間が迫っていた夜のこと、俺は椿と共に生徒会の仕事で疲れた身体を引きずり寮へ戻るところだった。


「あ。」


椿の小さい声に反応し、前方を見ると誰かが向こうから歩いてくるのが分かる。

そのままよく見ていると、その誰かは天野だった。


「こんばんは。お疲れ様です。」

「…どうも。」


極々普通に挨拶をしてきた天野に椿が返事をする。

俺は返事をするタイミングを逃し、あっという間にすれ違ってしまった。

それにしても天野のあの大荷物はなんだろう。

こんな夜更けに出歩くにしてはやけに馬鹿デカいリュックを背よっていた。


「こんな時間にあんな大荷物でどこへ行くんだろうね。」

「そうだな…。」

「まぁ、どうでも良いけど。」


疲れた顔で嫌そうな声を出した椿に苦笑いを浮かべる。

椿の親衛隊嫌いは有名で、本人は苦手なだけだと口では言っているが、付き合いが長い俺からすれば相当毛嫌いしているのは明白だった。

それは天野に対しても当てはまり、特に奴が親衛隊に所属してからはより一層嫌悪感を表に出していた。


「あーあ。なんであんなのがこの学校の一番なんだろうね。世も末だよ。意味不明。」

「随分だな。文句なら並木先輩に言ってくれ。」

「並木先輩も見る目がないよ。あんな淫乱が近くに居ると思うだけで吐き気がする。」

「淫乱‥?」


心底嫌そうに吐き捨てた椿の台詞に疑問を抱く。

天野が淫乱…何の話をしているのかよく分からなかった。


「要は知らないの?天野君の噂。彼、色んな人と関係を持っていてそれで寝不足らしいけど。」

「は…?あいつ、ノーマルなんだろ?」

「そんなの知らないし。て言うか興味もない。」


興味がないと言う割に良く喋る口だ。

そんなことより天野にそんな噂があるとは初耳だった。

確かに天野は教室で眠そうで、仮眠を取っている姿は良く見る光景である。

まさかあの天野に限ってと微妙な気持ちで聞いていると、椿が再び衝撃的な発言をしてきた。


「要だって今、彼のやけに多い荷物見たでしょ?実際にそうなんだよ。たまに生徒会の帰りにあぁやって出かける天野君を何度も見たし、酷い時には朝帰りもしてる。きっと外部にも良い相手が居るんだろうね。」

「…ただの噂だろ?」

「噂ねぇ…。それにしても、僕はきっと運が悪いらしい。朝帰りしてるところにまで遭遇するなんて…。真面目に仕事してる自分が馬鹿らしくなる。」

「……。」

「これだけ証拠が揃っていれば信憑性も高くなる。本当によくやるよ。」


今度こそ嫌悪感を隠さずに天野に対する不満を爆発させるように吐き出す椿だったが、俺は未だに事を理解していなかった。

天野にセフレが居る、そんな話は聞いたことがない。

でも椿が実際に遭遇したというなら、その話も噂の枠では片付けられないし、現に俺もその片鱗を見てしまった。

頭の中で天野の綺麗な顔が浮かび上がって身震いをする。


「きもちわりぃ…。」

「え?」

「いや、何でもねぇ…。」


あの綺麗な顔で誰かとそんな事をしているのかと思うだけで気持ち悪い。

ただただ気持ち悪い。

その後は天野のセフレの噂はどうもタイムリーな話題だったらしく、あっという間に学園中に広がっていった。

椿の言う外部のセフレ説は今の所どこでも語られていないようだが、天野が寝不足なのはセフレの所為という話は最早テンプレとなっている。

何が本当かは分からないとは言え、ここまで噂が広がっているとなれば信憑性もかなり高くなっているはずだ。

俺は天野彼方が分からなくなって、椿や噂に感化されたように天野嫌いに拍車がかかった。



つくづくと思う。

俺は天野が気に入らないと。

思う事はただそれだけだ。




あきゅろす。
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