03


「遅れてしまって申し訳ないです。」

ガラッと教室のドアが開き、肩で息をした天野彼方の登場。

事前に天野の悪評を披露できたから都合が良かったものの、本当に遅刻とかあり得ない。


「早速ですが…本題に入らせて頂きます。」

「はい、隊長!」


すかさず挙手が上がる。

松坂君が立ち上がって嬉しそうに話し出した。


「天野隊長は隊長という立場もわきまえず、昨夜会計の青柳様と逢い引きをしていたと聞きましたが!」

「……………は?」


天野彼方がポカンと口を開けた。

いつもニコニコと人の良さそうな笑みを浮かべている天野にしては間抜けな顔で、僕らは少し驚く。

しかし言葉の意味を理解した瞬間、吹き出すように笑い出した。


「は、ハハっ…!僕が…僕が?ふふ、まさか青柳君となんて有り得ない…有り得ないですよそれ。」

「っ……。」


青柳様が馬鹿にされたような気がして僕は思わず睨み付けた。


「ぁ…姫路君すみません。馬鹿にした訳じゃないんですよ。昨夜は青柳君のちょっと恥ずかしい所を見てしまって、たいした事ではないのですが、彼が珍しく照れていたので勘違いされたんですね…あ、これは内密に。」


未だ可笑しそうな笑顔を引きずったまま天野は言った。

信じたくない…けど、正直嘘にも思えなかった。

でもだったら…青柳様が安心したような、残念そうな表情を浮かべたのは何故?

あの答えは天野から出てこないの?


「……むかつく!」

「松坂くん落ち着いて…、とりあえず座ろう?」

「あーぁ、やっぱりな。こんな事だろうと思った。」

「…そんなことより話。」


プリプリ怒る松坂君を宥める真木君、予想が当たって喜ぶ夢野君、やっぱり興味のない篠山君。

馬鹿馬鹿馬鹿。馬鹿ばっかり。こんなチャンスを…。

証拠がないのを良いことに、都合の良いように言いくるめられてさ…僕も大概馬鹿だ。


「さて、少し脱線しましたが本題に移ります。僕が今回お話したい事は編入生、田代祥平君への対応についてです。」


編入生、田代祥平。その名前にざわつく。

今や知らない人は居ない変わり者の汚らしい編入生は、生徒会一堂に取り入り、あろう事か毎日彼らを独占していた。

その田代が親衛隊の標的とされ始めたのは言うまでもなく、今では制裁が暗黙の了解となっていた。

何を今更。一斉に制裁でもして田代を追い出すつもりだろうか。

それはそれで面白そう。田代は天野の次に嫌いだし。


「簡潔に言います。制裁を止めて下さい。」


教室の空気がガラリと変わった。

それはいつもニコニコ笑っている天野彼方が、あまりにも真剣な表情でそう言ったからだ。


「あなた方は制裁の意味を履き違えているようです。制裁とは規則を反した者に罰を与える事を意味します。…が、生徒会の皆様と編入生が関わってはいけないと言う規則はありません。」

「でも!僕らが今まで積み上げてきた関係性は立派な規則だ!それを否定するのは可笑しい!」

松坂君が声を荒げる。確かに松坂君の意見に同調したい気持ちが強かった。きっと皆もそう。

「君達の気持ちは良く分かります。しかし編入生は何も知らずに友人を作り、彼らの仲間に入っただけではありませんか。」

「アイツの肩持つ気?天野もあのキモ男にゾッコンだったりして。きも。」

「いえ、それは松坂君の思い込みです。制裁を止めない場合こちらにも考えがありますので。」


その台詞は上に立つ者の吐くそれだった。カチンときて手を挙げる。


「それは脅し〜?天野たいちょーさんも偉くなったものだねぇ?」


ふわっと笑いかける。

するとお返しとでも言うように天野はフワリと笑った。

笑うと綺麗な八重歯が覗いて幼い印象になる。

一瞬でも綺麗だと思って、天野彼方が更に嫌いになった。


「僕は何にも偉くないですよ。ただ使えるものを使うだけです。」

「っ…、」


教室がシーンとする。

笑顔でハッキリと物申す天野は正直怖かった。

普段怒らないうえ秘密が多い天野の底は計り知れない。


「まぁ冗談は程々に、ひとまず制裁を止めてみて下さい。それでも不満や意見がある場合は是非僕にご連絡を。いつでも相談に乗りますので。」


フワリ、天野彼方が笑った。





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